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労組日本プロ野球選手会をつくった男達|2025野球書店大賞 大賞受賞作

球界に「労使関係」という言葉もなかった時代、選手達の権利は引退すること以外はないに等しかった。
そんな時代に労働組合結成のために密かに動き、汗をかいたのが巨人軍の人気選手、中畑清だった。

球界盟主の主力である故、おとなしく球団とうまくやっていけば引退後も安泰が保証される。なにせ、絶大な人気と影響力を誇ったあのONでさえ、現役時代に選手会の立ち上げの気運が高まっても「時期尚早」と動こうとはしなかった。組合結成というのはそれほど経営陣の虎の尾を踏むセンシティブなもの。

だが中畑は、選手と球団との「不平等」な契約を由とせず、「それはおかしいでしょ!」という正義感から、組合結成のために立ち上がった。
中畑清の「偉大なる第一歩」がなければ、後のFAもポスティングも存在しなかったのだ。

球団削減、1リーグ制という権力者達が描いた構想に待ったをかけて戦い、史上初のストライキを決行した第5代会長の古田敦也の存在も忘れてはならない。
オーナー側とは法廷の場でも争われたが、当時の主任裁判官が振り返る以下の一文は、選手会を応援していた人間にとっては痛快だ。
「古田会長が本当に勤勉に近鉄の選手のために責任を負って動き回っているのに対して、コミッショナーは問題に向き合わずに逃げ回っていた。元東京高検検事長ですから、当然、労働法も知っていたはずですが、その態度はあまりにも傲慢で2人は対照的でした」

ここで裁判官に痛烈に批判されているのは当時のコミッショナー根來泰周だ。根来は法曹界の人間でありながら、確信犯的な「デマ」を12球団のオーナーに送信し、スト潰しを煽った。だが、水戸黄門に成敗される悪代官よろしく、根来の企ては失敗し、選手会は世論を味方につけてストを決行した。

近鉄とオリックスの合併は防げなかったものの、2リーグ12球団を維持することに成功したのはご存知の通りだ。

落合博満の事にも触れておきたい。
「昭和28年会」の仲間である初代会長中畑をサポートしていたが、後に選手会を脱会。しかしFA権はちゃっかり行使。その姿勢を批判的に見る人間は多いだろう。私もその1人だった。

だが、落合はその後も陰ながら選手会の活動を応援していたのだ。
ストライキがあったのは落合が中日監督に就任した2004年の事だが、このとき中日は首位を走っており、5年ぶりのリーグ優勝が迫っていた。それでも落合は選手会長として古田らとの会合に出席する井端弘和にこんな言葉を託していた。

「もううちの優勝はどうでもいいから、行くところまでいけ。優勝はまたすりゃいいから。お前はこの仕事を引くな」。

この発言は読んでいて痺れた。
選手会の脱会も、落合なりの考えがあっての事に違いない。そんなことまで思ってしまった。

「労組日本プロ野球選手会をつくった男達」とは、プロ野球の明日のために戦った男達の男気の物語でもあった。

2025年の最も面白かった野球本に認定します。

労組日本プロ野球選手会をつくった男達

著者:木村元彦/出版社:集英社インターナショナル

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