制裁するには、まず自分を統御せよ。スワラージ。|休職68日目
きのう、「見つめて微笑む」という攻撃をした私。
あんなことしなけりゃよかった、と少し思う。
逆の立場だったら、かなり嫌だな。
でも、ぶつかられたの、かなり怖かったな。
ぶつかられたその場で私が大声で叫んでいればよかった。
ものも壊れてるし。
本当に追求するなら、通報?
多くの人は、我慢しているんだろうな。
私はできなかった。
我慢できないのが私のよくないところ?
我慢する必要ある?
やり方は他にもあった。
いわゆる「〇〇警察」。
ネット上で見ず知らずのモラルやマナーの問題を叩き上げる人たち。
なんて下品なんだろうと思う。
相手に直接物を言えない日本人らしいと思う。
SNSのコメント欄は他人への批判で溢れてる。
自分は迷惑かけられているわけでもないのに。
この人たちは実際自分が被害を受けたらどうするんだろう?
今回の件は違うと思いたい。
でも「暴力に対して暴力(直接的ではない)」で返す点では、正当ではないかもしれない。
昨日読んだ本。
「自分ごとの政治学」
多少、偏りのある考えが記載されている気もするので、「政治学」の本として読むべきではないかもしれないけれど。
「ガンディー」のお話はとてもためになった。
「自治」と共に「自己の統御」を意味する「スワラージ」。ガンディーは「自治は成熟した人たちだけが享受できるもので、奔放な人たちにはできません」とも言っています。
「自分を律することができる人間が、政治を考えることができる。」
今の政治家に対する私の考えはさておき、
つまりは「人を統御できるのは、自分を統御できる人間だけ」ということ。
私は人を統御できる人間だろうか?
ある局面ではそうかもしれないしそうではないかもしれない。
「統御」というのはなんだろうか。
「相手を制限する」ことだろうか。それは誰によってもできないのではないだろうか。
「モラルを持って相手に接せよ」ということなのかもしれない。
「モラル」というのも難しい。
こんなことに答えを求め続けるのが「哲学」なのか。
考えても考えてもわからない。
もっといろんなことを知らないといけない。
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