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【歌舞伎考】2026年1月新橋演舞場(2)操り人形、鳴神、吉例のにらみ

新橋演舞場の『初春大歌舞伎』昼の部は、このほか『操り三番叟』『鳴神』『仕初め口上』だった。

『三番叟』は市川右團次に後見として裃の九團次がついて、右團次が操り人形の役回りで踊る。舞台は松羽目である。
最初は中空から、ひもが20本くらい垂れ下がった操り人形の道具板が降りてきた。その操り板と人形が糸で結ばれているという設定で、後見が動く。
以後、人形が一人で踊るが、このあとも後見が下手後ろに半身で構えて控え、長唄に調子を合わせて床を右足で踏み続け、音を響かせる。人形の代わりに床を踏む音を出しているということか。途中、糸が切れてしまい後見が修理するという設定の振りもあった。
舞踊はよくわからず苦手であるが、これは趣向が面白く見られた。

『鳴神』はAプロBプロで、私が見たのはAの中村鷹之資の鳴神上人、大谷廣松の雲の絶間姫である。
私がずいぶん前に歌舞伎を見始めたころ、最も歌舞伎らしい作品のひとつとして出会ったものだ。馬鹿馬鹿しさ、おどろおどろしさ、荒唐無稽の連続で、ひとことで言えば「爆発」が感じられる芸能だった。
鳴神上人が絶間姫の誘惑に落ち、戒を破って酒を口にした瞬間、庵の中にかけてあった掛け軸の雷神が煙を上げて消えるという仕掛けもいい。
術を破られた上人が、「生きながら鳴るいかづちとなって」あの女を追いかけると叫び、人間としてこれ以上ない憤怒で髪を逆立て、化け物めいた筋隈の隈取りになり、火炎模様の衣装に替わって弟子を血祭りに上げる演出には全身がぞくぞくした。
鳴神上人の台詞と長唄の掛け合い、「東は奥州外ヶ浜」、西は鎮西鬼界ヶ島、「南は熊野、那智の滝」、北は越後の荒海まで、というくだり、この日本の四辺世界を、私たちの先人がいかように把握して形象化していたかが提起されていることに感動した。よく覚えているのが先代の十二世市川團十郎だ。息子の現團十郎も、ずいぶん前だが通し狂言の『雷神不動北山桜』で見た。
大詰め、上人の術が解けて竜の人形が滝から上がり、安っぽい稲妻と雨を描いた大道具の絵が降りてくるという手法も手作り感満載であるが、それが妙にリアルであることも驚きであった。
久しぶりに見物したが、廣松の絶間姫が、おっ?と感じるくらいによく見えた。きれいであった。今の体調を崩している中村福助が若いころ、つまり児太郎のころに見た記憶があって、実に美しい姫であったが、この廣松の姫もなかなかのもので感心した。このくらいきれいな絶間姫なら十分である。
絶間姫は上人を打倒する内裏の密命を帯びて来たとは言え、修験者をだまして堕落させた罪の意識がある。それで昔の児太郎は花道を退出する前に、上人が酔って寝込んでいる庵に向かって小さく手を合わせるという動きをしていたと記憶するが、それはなかったように見えた。
鷹之資はしっかりして悪くないが少々若い。これはいかんともしがたい。もう少し年季が入ってくれば違うんだろうが、北山の奥で怪しげな妖術を使って三千世界の竜を滝壺に閉じ込めた、という不気味な修験者としてはやや迫力に欠ける。もともと優しいタイプの表情の人だからなのだろうが、術が破れたあとの鳴神上人の「怖さ」がもうひとつ物足りない。シロートの余計な考えだが、隈取りをもう少し怖く作ったらどうか。
それにしても久しぶりに見てみると、例の鳴神上人が姫の着物に手を入れて乳房に触る場面とか、かなりあからさまな性的な台詞とやりとりが続いくのに驚いた。こんなだったのかーと思った。これは少年少女には見せにくい。客に少年少女はいなかったけれども。

『仕初口上』は團十郎が後見だけを控えさせて、「ひとつ睨んでごらんに入れまする」というやつである。にらみが始まると、背景のふすまが開いて広間に変わるところが、舞台が一挙に大きくなる感じで面白く思った。
それにしてもこれで一幕の演し物にしているのだから変なものだ。

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