弦の応力と音程の話(余談1)
多くの弦楽器奏者が体験しているであろう「あれ」を1本にまとめた近似式です。大袈裟ですが神髄かも。「あれ」と言うのは弦のテンションが違うと、同じ押込み圧や同じ距離チョーキングしているのに音の変わり方が違う現象の事てす。
一言で言うと「あれ」の原因は音程変化が張力の変化割合に比例するからです。例を上げて見てみましょう。
この式は左辺から応力変化率、周波数変化率、音程変化量の順に並んだ等式です。各々の変数の具体的な意味は以下の通りです。
E[Pa]:張った弦の材質のヤング率
※ヤング率とは、バネをどれだけの力で引っ張ると何%伸びるかを表す指標てす。同時に何%伸ばすにはどれだけの力が必要かの指標でもあります。素材毎に異なる値を持ちます。
ε[%]:チョーキングでの伸び率
※チョーキング後に変化した単位断面積辺りの弦の張力をΔσとおくと、Δσ=E・ε(フックの法則)
σ:チューニング前の単位断面積辺りの弦の張力
(※張力ではなく単位断面積辺りの張力を使う事で直接関係ない弦の太さを無視できます。スケールと弦の密度から求まります。)
Δf:チョーキング後に変化した周波数の差分
f:チューニング前の周波数
Δcent:チョーキング後に変化した音程
※centは半音階を100等分した単位
右辺係数ln 2は変数ではなく数字です。lnはlogₑの意味です。
【ケース①レギュラースケール648mmのギターの12フレットで1弦を半音チョーキングさせる場合】
最初に式の左辺Δσ₁/σ₁を計算します。
1弦のチューニングはE4=329.63Hzです。半音なのでΔcent₁=100です。ピアノ線の線密度 ρ=7850 kg/m³として計算すると1弦にかかる応力はσ₁=1400Mpaです。この式にΔcent₁、σ₁を代入すると増加応力Δσ₁=162Mpaが求まります。よって、
∴応力増加率Δσ₁/σ₁=11.6%です。
これは何を意味するのか。左辺と右辺の関係に注目すると、Δσ/σがΔcentに正比例する事が分かります。1弦のテンションにおける音程の変わり易さと見る事ができます。
次に12フレットでチョーキングした場合の押し上げた距離を考えます。歪率(弦の伸び率)εを計算します。先ほど求めたE・ε/Δσ=11.6%に1弦にかかる応力σ₁=1400Mpa、ピアノ線のヤング率E≒200Gpaを代入すると、
ε=0.081%
である事が分かります。言い換えると0.081%伸ばせば半音上がると言えます。
弦の伸び率からチョーキング距離を計算します。12フレットはスケールの中点なので、スケールを底辺、弦を三角形の斜辺とする二等辺三角形ができます。高さがチョーキング距離です。幾何学的に算出すると、チョーキング距離は約13mmとなります。
【ケース②レギュラースケール648mmのギターの12フレットで3弦を13mmチョーキングさせる場合】
3弦で1弦と同じ13mmチョーキングした時の左辺Δσ₂/σ₂を計算します。
まず伸び率は同じくε=0.081%です。3弦の応力σ₂は、チューニングG3=201.741Hz、ピアノ線の線密度 ρ=7850 kg/m³として計算するとσ₂=510Mpaです。〚重要〛張力ではなく応力なので1弦をG3に緩めた場合も同じです。
そしてヤング率曲線は弾性領域でリニアである事が重要です。これは、1弦より低い応力の3弦であってもチョーキングで歪む(伸びる)割合(今回は同じく0.081%でチョーキング距離13mmに相当)が同じなら増加する応力も同じ(162Mpa)と言う事を意味します。同様にE・ε/σを計算すると、
∴応力増加率Δσ₂/σ₂=31.8%です。
これが意味する所も同様で、3弦のテンションにおける音程の上り易さです。
【「あれ」の正体】
応力増加率Δσ/σは1弦の11.6%に対し、3弦では31.8%と約2.74倍です。Δσ/σは音程の上がりやすさの指標です。つまり、同じチョーキング距離で比較すると1弦より3弦は約2.74倍音程が上がり易いのです。この等式から周波数も約2.74倍、音程は全音半(2scale55cent)上がる事が分かります。この差は分母の違いから生じます。分母とは弦の応力、チューニングの事です。これが「あれ」の正体です。
ブリッジのサドルがオフセットされている理由や、ネックの歪が音程に与える影響、弦の材質を変えた場合もこの式から考察できます。
〜あとがき〜
この式は特性を理解し易くするために影響の小さい項を略したりして近似したものです。左辺から順にε、Δf、Δcentを変数に比例する様子が一目で理解できます。ギターの調弦範囲だとおよそ5mm程のチョーキングまで誤差1%以内に収まります。
例えば、実際には弦が伸びると振幅距離も変化しますが、その項目は省略しています。厳密解から導出するとこのようになります。

もし本当に計算する必要がある場合はこちらが必要ですが、定性的な理解には不向きです。
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