存在した、それだけで幸福――なぜ人間は“もっと”を求め、無限に苦しむのか?
1. “最大幸福”は本当に見落とせるものなのか?
みなさん、ユラです。
唐突だけれど、あなたは今、生きていますよね――まあ、読んでいる時点で当然なんだけど。だからこそ、さっそく根源的な問をぶつけてみたい。「存在した」という事実そのものが、実は最大の幸せじゃないか? だって“ゼロ”より“何か”の方が、どう考えても価値がある。無限の虚無の中に、“ここに誰かいる”っていう奇跡。
でも、この原初の幸せ――存在そのものの幸福――って、大抵の場合人間は完全にスルーする。不思議だと思わない? 「幸せになりたい」って言うくせに、実はもう“絶対値”として圧倒的な幸福状態にいるではないか。さて、なぜ人間はこれを見落として、「もっと、もっと!」と求めて却って苦しむのだろう?
そう、今日はこの謎を、倫理も社会通念もぜーんぶ捨てて、容赦なく論理的に裂いていきたい。あなたも、一緒に思考の荒野を彷徨ってみない?
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