何ごとも楽しめたらいいな!を掲げる。
私がいま、取り掛かっている仕事は、柿の摘果作業。
まだまだ「蕾」の状態で小さく、やっと花びらが落ちて、これから「実」となる移行のこの時期に、柿が成ることを想像しながら、選りすぐりの「実」を残し、いらない「実」や「枝」を落としていく作業は難しい。
「仕上げ摘果」と言われるだけあって、柿の成りを決める最終段階の作業で本来ならば、6月の梅雨の時期を終えてからの作業となるが、我が家では山椒の収穫と重なるので、早めに取り掛かる。
義母が「流行りもの」を被り、早々にデイサービスから自宅まで送り届けてもらうこととなって、次の日の金曜から始まることになっていた「摘果」の作業にあたふたしたが、結局、アルバイトさんとは別の畑で作業をすることにした。
だから、いま、畑には私は、ひ・と・り🧡
なんて、のびのびしているんだろ💕
「今ここに」とぞばかりに、作業に全集中を向けることができた。
場所は、今まで私の記事に幾度か登場した、斜面がきつい、ウチの畑の難関度ベストスリーに入る場所。
足元の悪い場所での作業は、ついつい作業がおざなりになり、他人に任せると満足のいく出来ではないことも多い。
どうせなら、その場所を私が仕上げるわっ!
アルバイトさんだけに任せている畑が気にはなるけど、今回は、アルバイトさんに期待して任せることにしよう!
急斜面ともなると、ほんの数メートル先の場所へ移動するにも、足の置き場を確認しないと、とんでもないことになる。
何も考えず、体力と筋力だけで移動していた若い頃と違い、頭をつかう。
つぎの枝を見るには・・・。
まず、右足をヨイショっと、次に左足を持ってくるとOK!
チョット飛び移らなしゃあないな。ひょいッと!OK!
パターンはいろいろだが、移動するにも、ひとつひとつ確認を怠らない。
脚立は・・・。
この辺りに「はしご」を立てて、脚立の「足」をこの辺に・・・。
チェーンをきちんとピンと張るようにセットして・・・。
ヨイショッと!
あの枝を見るには、木のこの辺りに足を乗せて・・・エイッ(と木の上に乗る)!
低い枝を見るときには・・・いったん座って・・・。
さぁ!作業が終わったから立とうか!ヨイショ!(と、踏ん張る)
ヨシ、次は、あの辺へ移動や!(と、次の目標を掲げる)
と、足を置いた瞬間、ズルッッッ!
ワァッと、大声を出すと同時に、頭の上の木に片手をかける。
この判断力!瞬発力!腕力!と、喜んでいる間もなく、マジ焦る。
(いや、判断力が鈍っていたから、滑ったんでしょうがっ!)
身体は宙ぶらりん。
わぁぁぁぁぁぁッ!まじ、ムリ!下まで転げ落ちるって!
いったん冷静を取り戻すことに集中し、イチかバチか着地する場所を選びつつ、飛び降りる選択をする。(やみくもに手を放すと、大けがしちゃうかもしれないし)
エイッ!
なんとか着地成功!
お~~~~~っ!怖かった~~~~~っ!
心からホッとする。
もう、52歳には無理やってぇ。
50をまわると、何をするにも踏ん張らへんかったら、力がでえへんし。
足場のよいところさえ、もう足元がおぼつかい感じあるもんね。
コンクリートの上以外は、やばいっ。
と思いながら、ジリジリ少しずつ移動しながらの作業は、小さな成功体験を積み重ねつつ、1本の木の作業の終わりがみえてくる頃には、ヤッタァッという気持ちになれる。
これって、めっちゃ面白くない?!
(なんやったら、誰か一緒にせえへん?(笑))
と思っていたら、除草剤の散布を終えた息子が迎えに来てくれた。
「あの場所、いつも言うけど、斜面がきつくてエグイってぇ!
だけど、脳トレになるし、筋トレになるし、面白いよっ!
頭と筋肉使わな、アカンねん。トライ&トライの精神や!」
と喋りかけると、運転していた息子は、うすら笑いを浮かべていた。
(なんか、言葉ないの?!「母ちゃん、すごいやん!」とかさぁ!)
ちなみに、いまは、足場のよいところへ移って、急斜面で作業をするくらいの面白さはないけど、達成感はある!(笑)
急斜面で作業をするときには、ジャングルで冒険しているとでも思えば、気持も切り替えられるのかも!(体力や筋力が何歳まで耐えれるかの話しだけど)
こちらに嫁いできて、家事も、仕事もできず、舅や姑ともうまくいかず、夫との関係も危うく、何にもできない私は、自分のことをアンポンタンと気付いたので、賢くなりたいと思っていた。
賢い人になりたいな・・・と。
もう、結婚して10年ほど経っていたと思うけど、ダメもとで少しでも賢くなれるよう、それから「脳みそ」を使おうと意識してきた。
眠っていた「脳みそ」が少し動き出した気がした!
今まで使ったことのない脳を使った気がした!
気がした・・・だけかもしれないけど(笑)
実際は分からないけど、それなりに乗り越えてきたということは、昔の自分より少しは賢くなっているのだろうか。
とはいえ、乗り越えど乗り越えど、年齢相応の悩みがでてくるもの。
「たいていのことは悩んでも仕方がない」と、ある意味賢くなって分かったから、深くは悩まないけど、残りの人生で、まだまだ賢くなって乗り越えていかねばならない。
そのなりたい自分に、「何事も楽しめたらいいな」を加えたい。
それは、思うほど簡単なことではない。
どんなにどう考えても、「そこに」楽しみを見出せないこともあるだろう。
たとえば、「介護」。
今回、私は今までに増して、義母の生活介助の「触り」を経験しているが、介護にどっぷりつかっていらっしゃる方は大変だと思う。
また、「介護」の仕事についていらっしゃって、そこにやりがいや楽しみを感じていらっしゃる方には、頭が下がる思いだ。
私自身が義母に接するのは、朝、昼、夕方のほんのわずかな時間だけで、あとは農作業をしているので、読んで字のごとく「触り」の部分だけだが、それでも介護にどっぷりつかった生活が、壮絶だろうことは想像できる。
だけど、生活のどこかで楽しみを見出せたら、人生の色合いも違って見えてくるだろう。
農作業に楽しみを見出せたら、ご主人を亡くされても尚、畑仕事に精を出す、ご近所の80代90代のおばあちゃんみたいになれるだろうか。
私は、夫が亡きあとも、農作業に精を出しているおばあちゃん達みたいになりたい。
急斜面での仕事を楽しみながらも、あと10年、20年・・・。
何歳まで、あの斜面で仕事ができるのだろうかと不安を抱えつつ、ご近所さんでは時々、特にご高齢の男性の方が無理をして高い木の作業中にケガをされたりする話しを聞いたりするので、無理はできないなという思いも抱えつつ・・・。
「コ〇ナ菌」に少しビビりながら、太陽のもとで、これだけ、意気揚々と仕事をしていたら大丈夫かも!と、期待を寄せる。
今回、いかに「ひとりの空間」が好きなのか再確認した出来事だったが、今は少人数のアルバイトさんも、来月再来月の山椒採りのときには、倍以上の人数になる。
アルバイトさん達との、仕事も楽しめたらいいな。
人とのコミュニケーションが避けられないアルバイトさん達との仕事を、心の底から楽しめるときが来た時、私の人生の色合いも、さらに濃くなるのかもしれない。
ちなみに、義母は一度は高熱を発したが、次の日には微熱程度に収まった。
足がだるいとは言っているが、他の症状はないようだ。
だけど、微熱がつづく・・・。
にしても、テレビでいろいろ言われているほども、重症ではないように見える。
義父と一緒に、ワクチンを複数回打ちに行ったお陰かな。
すごい!
