「蚊帳の外」の私に声をかけてきた日
【登場人物】
私: 60代、現役子会社社長。息子とは会話なし。家では孤立中。
息子(高3): 元不登校、4月から通信高校3年生。一応受験生。
妻: 教育方針の違いで私とは対立中。会話なく6ヶ月を迎える。
Director Daybreakです。
前回の投稿から、1ヶ月以上が経ってしまった。
この1ヶ月、書きたいことは山ほどあった。だが、書こうとするたびに言葉が、指が止まった。いろんなことが日々あったが・・・、息子との会話だけは皆無。時が進んでいるようで、止まったまんまというか・・・
仕事では、理事会を経ての新年度事業説明会。その直後に、今年のキーマンとなる主力職員2名が病で戦線離脱。私の肝入りの新体制でのスタートの予定だったのに・・・。現場の混乱を収めるために残された社員との面談を繰り返した。その一方で事業の未来を見込んだ行政へのプレゼン。社の責任者としての綱渡りを演じ続ける日々だった。日々、主人公だった。
だが、家庭というバックオフィスでは、私は完全に「蚊帳の外」にいた。 春休みに入るとすぐに、妻と息子は私に黙って、希望する専門学校の下見に行っていた。それを知ったのは、後日、学校側からの連絡でだった。 さらに追い打ちをかけるように、保険の見直しで発覚した事実。息子の将来のために積み立てていた学資保険が、すでに妻によって解約されていた。
私の心の拠り所は、これまで3つあった。息子の学校担任、メンタルクリニックの先生、そして大学のカウンセラー。 今回、新たに知り合った医学部教授という強い味方と知り合い、「4つの支柱」が揃ったと安堵した矢先、焦りから言葉を重ねすぎた私は、担任の先生との対話を強制終了させられてしまった。さらには期待した医学部教授からも、LINEで「あなたは子育ての優先順位がわかっていない」と激しい言葉を浴びせられた。
4本柱を心強く思った途端、一気に2本の支柱を失う、私の感情はジェットコースターのように乱高下した。 新年度になり、妻と息子で勝手に相談もなく減らした息子の授業数と登校日数、そして半年以上会話のない妻。家族の離散は、静かに、そして確実に現実味を帯びてきた。このままでは来年の4月、息子は私を置いて、あの専門学校へ旅立つのだろう。

そんな公私共に絶望を4月の桜で誤魔化しながら過ごした。そして月が変わった5月1日の夜の事だった。 世の中がゴールデンウィークの浮足立った空気に包まれる中、息子が突然、私の部屋に入ってきて話しかけてきた。
「水族館がオープンしたんだって!」
1ヶ月以上ぶりの、息子の声、言葉。 もう彼の頭の中に私の存在はないと思っていた。なのに、息子はまるで毎日話しているかのように、驚くほど自然に、短い言葉を投げかけてきた。
地元の大学生が、古民家を再生して作った小さな水族館。自分の夢を形にした若者のニュース。メディアも注目するその話題を、息子はわざわざ私に話しに来たのだった。 実は、私も1年前から気になっていたニュースだった。生き物が好きな息子が興味を持つに違いないと、密かに思い、なぜか私も追っていたニュースだった。
喉まで「正論」が出かかった。 「自分もこんなことをしてみたいと思った?でもね、大学生という肩書きがあるから、メディアも動くんだ」 「夢を形にするには、社会に認められる武器が必要なんだ」「専門学校に行ってもこんな話には届かない」 でも、今の彼には到底届かない、残酷なまでの真実。だが、今夜もその言葉を、私は飲み込んだ。緊張したが、普通を演じた。
「お父さんも、今日Yahooニュースで見たよ。水槽のレイアウトにこだわって、カフェも作ったらしいね。お父さんもずっと気になって追っかけていたんだよ。今日、オープンだったのでニュースになったらしいな。」
息子は「そうだったんだ。へぇ〜」とだけ言って、部屋に戻っていった。会話はそれだけだ。
不思議な感じがした。嬉しいとか、感動したとかじゃない。ただただ不思議なのだ。 息子の頭にも心に中にも、私の居場所などもうないと思っていたからだ。専門学校しか見ていない息子にとって、父親は消去された存在だと思っていたからだ。
それなのに息子は話しかけてきた。自分の夢と直結した話題を、私に持ってきた。 私の存在は、まだ彼の中に残っていたらしい。
今夜飲み込んだ「正論」は正解だったのか、それはまだわからない。 息子の中の私は、どういう存在で、どう思われているんだろう・・・
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