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続・夏の夜祭り

「人間とは、私たちが『宇宙』と呼ぶ全体の一部であり、時間と空間の中に限定された一部分にすぎません。人は自らの意識の眼の錯覚によって、自分自身や自らの思考・感情を、他から隔絶されたものとして体感してしまっているのです。この錯覚から自分を解放しようと努めることこそが、真の宗教の唯一の課題なのです。」

アルベルト・アインシュタイン 1950年
幼い息子を小児麻痺で亡くしたロバート・S・マーカス氏へのお悔やみの手紙から





🕯️前回の記事「夏の夜祭り」では、地元北九州市の「黒崎祇園山笠」を中心に、文と写真を投稿した。車輪のついた8基の巨大な山笠が、数十人の曳き手たちによって自由自在に操られる光景は実に勇猛果敢。真夏の夜の街は光輝く夢幻世界へと姿を変え、沿道から見守る多くの観衆を感動の渦に巻き込んだ。

 先週末は、同じ北九州市内で「戸畑祇園大山笠」が開催された。国の重要無形民俗文化財およびユネスコ無形文化遺産に登録された、数万人の観衆で賑わう福岡県夏の三大祭りの一つである。

 祭りの起源は1802年(享和2年)に遡る。当時、戸畑村で疫病が流行した際、村人たちは「須賀大神」を祀る神社へ病気の退散を祈願。翌 1803年(享和3年)に無事平癒したことを祝い、村人自らの手で山笠を作り奉納したことが始まりと伝えられる。この須賀大神とは、日本神話の神である須佐之男命スサノオノミコトの別名であり、悪霊退散や疫病除けの神として知られている。

 すなわちこの祭りの原点は、権力者たちによる支配体制の維持・強化のための政治的演出ではなく、名もなき庶民の切実な祈りから生まれ、代々受け継がれてきた「庶民の祭り」だった。


戸畑祇園大山笠の舞台(本宮)となる北九州市戸畑区「飛幡八幡宮」
主祭神: 神功皇后、応神天皇、須佐之男命(須賀大神)



🕯️戸畑の山笠には二つの大きさがある。大きいものは「大山笠」と呼ばれ、成人男性が担ぐ。車輪を持たず、総勢100人の男たちが肩に舁き棒を担いで町内を練り歩く。体力の消耗が激しいために、周囲に控える数百人の担ぎ手が数分毎に交代しながら、3日間で計12~15時間にわたり運行する。

 「小若山笠」は地元の中学生が担ぐ一回り小さな山笠。一基あたり約80人の担ぎ手が必要となる。

 この祭りの最大の特色は、昼と夜とで山笠の姿がまったく異なるという点にある。昼の姿は大小ともに幟山笠のぼりやまがさと呼ばれ、金糸・銀糸の豪華な刺繍が施された「見送り(幕)」や、紅白の幟12本を立てた格調高い姿を誇る。

 一方、陽が落ちる頃になると、観衆の目前で昼の装飾が瞬く間に取り払われ、提灯山笠ちょうちんやまがさと呼ばれる四角錐状のヤグラに提灯を灯した夜の姿へと変容する。計309個の提灯を12段に積み上げた高さ約10メートル、重さ約2.5トンの巨大な山笠だ。

 このような昼夜逆転の構造は、祭りの起源である江戸時代当初からすでに行われていた。当時の戸畑村はわずか160軒あまりの小さな農漁村であり、豪華な山笠を作る資金力がなかった。そこで同じ山笠の表情を変えることで、一日中練り歩くことができた。


飛幡八幡宮の拝殿横にある磐座


🕯️祭りが始まる前に、飛幡八幡宮境内を歩いていると、ひとつの『巨石』に目が留まる。拝殿前に静かに鎮座する磐座だった。

 社殿が建立される遥か昔、この地で暮らしていた古代の人々は、この磐座を崇拝していたのではないか。 だとすれば、戸畑祇園が放つ熱狂的なエネルギーは、江戸時代の祭りという枠組みを超えて、この磐座に息づく古代の自然崇拝にまで遡ることができる。

 前回の記事では、以下のような考察を述べた。

日常のあらゆる社会的ルールやしがらみを解き放ち、自らの内に宿る純粋な生命力の源泉に火を灯す。この力が結集したとき、それは強大な連帯感や至福感となって爆発する。祭りとは内なる「縄文系DNA」が躍動する一種の集団トランス状態とも言える。
この縄文系と渡来系という二つのDNAの特性が、日本という風土の中で奇跡的に出会い融合した結果生み出されたものが日本の祭りとなり、予祝の真髄となったのだ。

夏の夜祭り
https://note.com/devaagni2000/n/n505af613017f


 飛幡八幡宮の磐座の存在と、戸畑祇園大山笠を通じて、この見解をもう一歩深めることができた。昼と夜で山笠の姿が大きく転換することの中に、渡来系DNAと縄文系DNAという日本人の持つ二つの特質が濃厚に浮かび上がってくる。





🕯️舞台となる「飛幡八幡宮」の主祭神は「神功皇后、応神天皇、須佐之男命」の三柱の神。朝鮮半島や渡来系氏族とのつながりを示すエピソード・学説が存在する人神および神話の神である。

 また八幡宮の発祥地である「宇佐神宮」の創祀には、渡来人秦氏・辛嶋氏などが深く関わっている。八幡神(ハチマン)の「幡」も、秦氏の信奉した「神が降り立つ布(幡)」に由来するという説が有力。さらに福岡県東部から大分県北部にかけての一帯(旧豊前国)は、古代日本における秦氏の一大拠点エリアだった。このエリアの地名には「幡・畑・秦」の文字を冠するものが多い。

 昼の幟山笠のぼりやまがさは、神を迎えて祈る静的な神事。古来の伝統を重んじる格調の高さが山全体に行き渡る。12本ののぼりは「1年12ヶ月」を表し、神霊が天から降り立つ依代となる。

 前花と呼ばれる4つの紅白の花や豪華な刺繍は魔除けの役割を担い、夏の疫病退散や無病息災を祈るための装飾。山笠本体には釘を使わぬ藤蔓の技法で神事の清浄さを保ち、町の格式と歴史を神前に示す。まさに古代から中世にかけて大陸や朝鮮半島から渡ってきた渡来系文化の結晶である。

 天と繋がり、穢れを祓い、身を清めることによって、悪疫退散・五穀豊穣・商売繁盛などを祈願するという、古来の神社神道が持つ基本的姿勢を忠実に表現したものであり、ここに渡来系DNAの持つ特性がよく表れている。











🕯️昼夜の境目である夕暮れ(逢魔が時)になると、「変容」が起こる山笠も珍しい。一般的な祭りでは「昼の飾りのまま夜にライトアップする」か「昼と夜で別の山を出す」ことが多い。

 ところが戸畑祇園では山の台座を残して飾り付けをすべて解体し、四角錐状のヤグラに提灯を灯した「提灯山笠ちょうちんやまがさへと姿を変える。

 提灯の明かりは、電球ではなくすべてロウソクの生火を使う。微妙に明るさの異なる数百の提灯が風にゆらゆらと揺れている様は、うっとりするほど幻想的だ。

 「ロウソクの火」とは生命力の象徴。数百ものロウソクの炎が一斉に灯り、赤々とした光の塔が見守る人々の心を明るく照らし出す。人々は温かな手拍子を送りながら、その後ろ姿を静かに目で追う。

 火は、単なる「装飾」ではない。古代、飛幡とびはた(戸畑)の地に打ち寄せていた「海風」や「荒ぶる潮波」、そして地中や海中に宿る「巨石(磐座)」を崇めていた古代の人々にとって、闇夜は疫病や死をもたらす恐怖そのものだったに違いない。

 漆黒の闇夜に向かって、「風に揺らめく聖なる火(太陽の象徴)を灯し、闇と病魔を祓い退け、衰えた生命力を取り戻す」という、原始的な自然崇拝の祈りが営まれていたとするならば、この309個の提灯はまさにその想いの象徴と言えるだろう。

 「渡来系DNA」の象徴である静的な「神聖さ・祈り」という厳かな「神事」から一転、「縄文系DNA」の象徴である動的な「生命力・一体感・至福」という「祝祭」への変容。それは日常から非日常へ、社会的な規律・未来志向から、「今ここ」にある人間性の高みへと昇華する劇的な変容プロセスであり、「解体(死)」と「再誕(生)」のドラマを見事に再現した離れ業である。








🕯️昼の幟山笠から、夜の提灯山笠へと変容を遂げた瞬間、担ぎ手たちのボルテージが一気にヒートアップする。総勢100人という九州男児が身体をぴたりと貼り合わせ、両手両足の動きを揃え、太鼓と銅鉦の音に合わせて「ヨイトサ、ヨイトサ」と威勢の良い掛け声と共に猛然と突進し始める。

 日中、天から降り注いだエネルギーが、夜になって爆発したかのようだ。宵闇が深まるにつれ、提灯の明かりも一層輝き出す。街全体が紅く発光し、異世界の扉が開かれる。

 圧倒的なパワーに、見ているこちらまで力が漲ってくる。この担ぎ手と観衆との一体感が祭りの熱気をより高みへと引き上げていくのだろう。充満する炎のエネルギーは、時間の経過と共に一層激しく燃え盛っていく。

 ここでひとつ興味深いことに気づいた。ひと回り小さい小若山笠を担いでいたのは、約80人の地元中学生。彼らが目の前を通り過ぎていく度に、透明感のあるきらきらとした光が周囲に溢れ出していたのだ。

 自分の体内奥深くから何とも瑞々しいエネルギーが立ち昇ってくる。それは、かつて自分の中にあったあの思春期の若々しさの記憶、あるいは余韻なのかもしれない。

 これまでに日本やインド、バリ島などで、様々な祭りやダンスなどのイベントを観たり参加した経験があるが、これほどピュアな「愛の波動」を味わうのは初めてだった。正直、感動のあまり溢れてくる涙を抑えることができなかったほどだ。

 やがて、彼らから溢れる光は、通常の感覚では聴き取れなかった高音を増幅させながら、シャワーのように降り注いだ。担ぎ手たちのトランス状態が観衆にも伝播し、会場全体が「集団トランス状態」へと引き込まれていくようだった。こうした共振共鳴体験が、毎年数万人もの観衆を惹きつけて止まないこの祭りの最大の魅力なのではないか。








🕯️「集団トランス状態」は、いつの時代から始まったのか。個人的には縄文時代の祭祀においてすでに機能していたのではないかと思う。

 ここで、南米ペルーの大地に描かれた「ナスカの地上絵」について少しだけ考察を述べてみよう。

 この絵は紀元前200年〜紀元後800年頃の「ナスカ文化」によって作られた世界遺産。地表の赤い小石を取り除いて白い砂の地面を露出させる一筆書きの手法で、動物や幾何学模様が描かれている。

    これらは「雨乞いの儀式に使われた」とする説が今最も有力視されている。線の底から人々の足によって何度も踏み固められた「歩行の跡」が発見されているからだ。おそらく人々が一列になって歌や楽器の音に合わせて、この一本線上を何時間も何日も歩き続けていたものと考えられる。

 この動きに似た儀式が、現代においてもアマゾンやアンデス山麓の先住民族の部落内、あるいはブラジルの新興宗教などで執り行われている。単純な歌詞の繰り返しやシンプルな楽器を打ち鳴らしながら、ぐるぐると歩き続けたり、踊り続ける。数日間に及ぶ断食・断眠によって、日常の意識を離れ、神や精霊と繋がる「集団トランス状態」へと導くための伝統的技法だ。

 また、南米に暮らす先住民族には興味深い口伝も残っている。一万三千年前まではアジアから当時陸続きだったアリューシャン列島を徒歩で北米まで渡り、その後南米まで南下し、やがてアンデス文明を築いた人々がいたという伝承である。

 同時代には日本列島に縄文人が暮らしていた。彼らもまた太鼓や木材を打ち鳴らし、土笛を吹きながら、祝祭を執り行っていたという説が有力視されている。

 こうしてみると、アンデス文明と縄文時代の祭祀とが一本の線で繋がる。つまり、一万年以上前の同時期に南米大陸と日本列島では、集団トランス状態によって神や精霊の意識と繋がり、天と交流する祭祀が行われていたのではないかと推測できる。






🕯️集団トランス状態へと導く「生きた祭り」が、現代の日本社会に現存すること自体、奇蹟と言わざるを得ない。

 戦後、GHQの占領政策によって国家神道は解体・再編された。しかし、国家のイデオロギーや体制は改変できても、民衆の肉体に刻まれた「祝祭の熱量」というDNAを封印することはできなかったのだ。

 しかもそのエッセンスを体現しているのが、神職や宮司ではなく、未来の日本を担う若い中学生たちである。実に頼もしく、目を見張るほど感動的な光景だった。

 目の前を通り過ぎる中学生の中に、ずっと微笑みながら担ぎ続けている少年たちがいることに気づいた。おそらく完全なトランス状態に入り、至福感を味わっていたのだろう。

 熱狂的な身体運動の中に「自分」という自我意識を明け渡し、内なる高次意識に身を委ねる時、純粋意識は記憶と思考活動によって作り出された「自己アイデンティティ」という幻想から切り離される。過去の記憶と将来の夢から解放され、「今ここ」に生きているという真の「リアリティ」を味わう。

 体内では通常のエネルギー代謝から、高次の内的システムへと切り替わる。そこでは疲れを知らず、真空のような静寂に満たされ、エネルギーが内側の源泉から無尽蔵に溢れ出てくる「ゾーン状態」となる。

 あたかもヤグラの頂上に一個の提灯が置かれている光景のように、ありとあらゆる思考・感情を置き去りにした後には、純粋意識だけが周囲を見守るようにただ一点光り輝く。

 この時、脳波はアルファ波とシータ波の中間領域(7~8㎐)である「変性意識」に留まり、覚醒と深いリラックス状態が同時に起こる。この中間領域は、地球の電離層と地表の間で常に発生している電磁波の周波数である「シューマン共振(約7.83Hz)と完全に一致する。

 祈りと祝祭が一体化し、人々が一斉にこの中間領域のトランス状態に留まることができたとき、「全員の脳波が、地球の呼吸(7.83Hz)と同調した状態」になる。

 これこそが、かつて古代祭祀において人々が体験した「大いなるもの(自然や宇宙、愛)」との一体感であり、生命力が飛躍的に高まり、疫病から解放されることをまざまざと実感した境地だったのではないか。







🕯️古代の人々は神聖さと共に在り、天に祈りを届け、声なきメッセージを受け取っていた。

    「渡来系DNA」の静的な「祈り」と、「縄文系DNA」の動的な「祝祭」

 古来「日本の祭り」とは、この二つが融合し、人々の意識を「トランス状態」へと導き、死の恐怖を打ち払い、生命力を蘇らせ、健康的な心身を取り戻す「集団ヒーリングワーク」だった。

 そのエッセンスは、今もなお私たちの内なる「宝物」としてDNAの中に眠っている。それは祭りだけでなく、瞑想やヒーリングの中で、あるいは人生の危機や深い挫折、大きな転機を迎えたとき、いつでも目を醒ます準備ができている。

 祈りと祝祭とを結びつけ、目覚めのスイッチが起動するためのアクティベーション・キーとは何か。

 それは欲望でも絶望でもなく、内なる静寂に深く佇む不動の「愛」だと思う。




🕯️























Energy
西村由紀江



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