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初の商業出版『発達障害のよりみちが、それでも生きる理由。』発売日に、発達障害の私が思うこと

「おぎゃーん」という鳴き声はなかった。

さっき、わが家に届いた大きな宅急便の段ボール。
ガムテープを剥がす乾いた音が、静かな部屋に響く。
中を開けると、そこには一人の赤ん坊がいました。
それが、私のわが子でした。

中から出てきたのは、肉体を持った赤ん坊ではなく、まだインクの匂いがツンとする、できたての私が書いた本。

2026年1月16日。
それは、私が商業出版という名の世界へ、産声を上げた日です。

生まれたばかりのその子の名前は、
『発達障害のよりみちが、それでも生きる理由。』

自分の名前が刻まれた背表紙をなぞったとき、指先が少し震えました。
嬉しい、達成感、誇らしい……そんなキラキラした、記号のような言葉じゃ到底足りない。
「ああ、まだ色にできない。新しい色ができそう」
そう思ったら、視界がじわっと滲んでいきました。
涙って、こんな時に必要なんだと、当たり前のことを身体で知っている感覚が、なんだか、とても気持ちよかった。

今日は、発達障害と診断され、「うつ病」というピストルを突きつけられて「もう自分の人生はおしまいだ」と真っ暗な井戸の底に落ちたあの日から、人生初の商業出版という、かつての私には信じられない場所に辿り着くまでの記録を書きます。

かっこ悪くて、泥だらけで。
でも人から「よりみちさんってキラキラしている」って言われる今がある、私の「よりみち」の記録です。

この本は、元気な日に読む本ではありません。
動けない日に、横に置いてほしい本です。

本日発売:私のデビュー作はこちらから

「普通」のレールから、転げ落ちたあの日

私はずっと、周りのみんなと同じように振る舞えない自分を、心のどこかでずっと責めてきました。

学校の教室。先生が発する言葉。
それらは、私の脳に届くまでの間にいつもレールを外れ、凄惨な脱線事故を起こす。
「なんでわからないんだ?」
先生の苛立ち混じりの声。
「どうしてあの子はいつもああなの?」
クラスメイトの、透明な好奇の目。

「どうして私だけ?」
その問いに答えが出ないまま、自分を削って、削って、削りカスになるまで「普通」に擬態しようと必死でした。
みんなと同じように笑い、みんなと同じように時間を守り、みんなと同じように「正解」を出す。
それは擬態という名の、緩やかな自殺でした。

負のスパイラルは止まりませんでした。
やがて心と体が悲鳴を上げ、医師から告げられたあの日。
「発達障害です。そして、うつ病ですね」

病院を出た瞬間の、あのなんとも言えない空虚な感覚を今でも覚えています。
空が異常に高くて、自分の足が地面から数センチ浮いているような、世界から切り離された感覚。

「努力が足りないせいじゃなかった」
そうわかった瞬間の、ほんの少しの安堵。
でも、その安堵は一瞬で、背後からうつ病という基地から放たれた「絶望」という名の追加ミサイルに焼き尽くされました。

「じゃあ、私は一生、この『まともじゃない自分』を抱えて、この重たい体を引きずって生きていくのか」

あの頃の私は、朝が来るのが怖くてたまらなかった。
夜になると「このまま、消えたい」と、ただ天井の木目を数えることしかできませんでした。
井戸の底は暗くて、冷たくて、誰の声も届かない場所だと思っていました。

「表現」は、私にとっての酸素を吸う事だった


社会の中でうまく立ち回れない私は、いつの間にか、誰かと繋がることを諦めていました。
でも、胸の奥には、言葉にならないドロドロとした感情や、世界の美しさに震えた一瞬が、行き場を失って沈殿していました。

それを吐き出すために始めたのが、絵を描くこと、そして言葉を綴ることでした。

考えてみれば、いつも絵は私のそばにありました。
子どものころ。小学校に馴染めず、放課後はカギっ子だった自分は、ひたすら広告の裏紙に絵を描いていた。
そして中学生で不登校になった時、父の紹介で画家の先生との出会いがありました。
それは「家族がなんとか生きてほしい」という願いだったと、今なら強く、強く知っています。

きれいに整えられた正解を出す必要なんてない。
かっこいいアーティストになりたい。
フツーになりたい。
そんなドロッとした感情もまざりながら、ただ、自分の中に渦巻く「感情」をiPadやノートに叩きつけずにはいられなかった。
そうしないと、私の心が破裂してしまいそうだったんです。

「表現」は、私にとっての酸素を吸う事そのものでした。
私は「心の画家」を名乗るようになりました。
2025年、相手の心の声を聞いて絵にするセッションを始めたからです。

そんな、削りだしたばかりの「原木」のような感情を、絵と文章にして置き続けました。
すると、原木はよりみちするかのように枝をのばして、Xからnoteへ、YouTubeまで広がっていった。

画面の向こう側にいた誰かが、私の拙い言葉を拾い上げてくれたんです。
「その気持ち、わかります」
「よりみちさんの絵を見て、今日一日を乗り切ろうと思えました」

その時初めて、私の凸凹(でこぼこ)は、誰かの孤独に触れるための「鍵」になれるのかもしれない、と思いました。
気が付いた時には、Xは1.4万人、noteは1,100人以上の方が見守ってくれるようになっていました。
数字そのものに意味はない。でも、そこに人がいてくれることには、大きな意味がある。

なぜ、今「初の商業出版」に挑んだのか

今回、商業出版という機会をいただいたとき、一番に考えたのは「私と同じような人に、この本を届けたい」ということでした。

「よりみちさんの話を、最初からまとめて読んでみたいです」

昔、あるフォロワーさんがくれたその一言が、小さな、でも確かなきっかけでした。
SNSでの投稿は、特にXは一瞬で流れていくけれど、本は、立ち止まるための形だと思った。
ネットの海を漂う断片的な言葉ではなく、あなたの部屋の隅で、ずっとあなたを肯定し続ける「形」として、私の命の一部を残したかったんです。

この本『発達障害のよりみちが、それでも生きる理由。』には、発達障害を克服した成功法なんて、一つも書いてありません。
ここにあるのは、
「自分を嫌いになって、消えてしまいたくなったあの日から、それでも一歩だけ、よりみちしながら歩き出すための泥臭い足掻き」です。

専門家が書く立派な解説書ではなく、今、まさに隣で一緒に悩んでいる私が、隣を並走する馬のような存在でありたい。
そう願って、一文字ずつ、剥き出しの自分を込めて書きました。

正直、怖かったです。自分の弱さを、こんなにさらけ出していいのか。
でも、整いすぎた言葉では、本当に苦しんでいる人の心には届かない。
そう信じて、生のまま、あたたかいままの言葉を閉じ込めました。

2026年1月16日 本日発売:『発達障害のよりみちが、それでも生きる理由。』


「カメラオフ」でいい、あなたがそのまま居られる場所

私は今、noteで「よりみちの地図」というメンバーシップを運営しています。
ここは、無理に前を向かなくていい場所です。

毎月のお茶会やセミナーも、基本は「カメラオフOK」。
私の原木の削り方が知れる場所です。
そこでメンバーたちと交流して思うのは、
偉そうなことを言うけれど、
「あなたは、あなたのままで、ここにいていい」ということです。

noteメンバーシップ:【よりみちの地図】

新しい地図を、あなたと一緒に

世界は、思っているよりもずっと痛くて、
そして、思っているよりもずっと優しい「よりみち」に満ちています。

発達障害と診断され、自分の人生を諦めていたあの日の私に、伝えたい。
「あんたが絶望して流した涙は、いつか誰かの乾いた心に届く一滴になるんだよ」と。

本が発売された今日。
私は新しい地図を広げました。
どこに行けるかなんて、まだ全然わかりません。
目印は、この一冊の本。
この本を手にしてくれたあなたと一緒に、一歩ずつ、迷いながら歩いていきたい。

「消えてしまいたい」という思いの隣で、
「もう少し、越えてみよう」なんて言わない。
「でも、もう少しだけ歩いてみようかな」と思える瞬間を、分かち合えたら嬉しいです。

あなたのそばに、この本がそっと勇気のヒントになることを願って。

2026年1月16日
心の画家 よりみち


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