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自分のために、書く

今日は絵を描くではなく、
文字を書くことについて。

私は1年以上前から、
少しずつジャーナリングをしてきた。

その時に思ったこと。
感じたこと。
理想の姿。
これから叶えたいこと。

ノートに書くことで、
自分の中にあるものを見つめようとしてきた。


その中で、
引き寄せ直感シンクロニシティ
という言葉も知った。

ただ願いを書くのではなく、
「こうなりたい」ではなく、
「もうそうなっている」と描くこと。

願いの先にある自分を、
先に言葉にしてみること。

そんなふうに書き方も少しずつ変わっていった。


でも今は、
目の前にやるべきことが多すぎて、

じっくりジャーナリングをする時間が
なかなか取れていない。

本当はもっと自分と向き合いたい。
もっと丁寧に書きたい。
そう思うのに、できない日もある。

前の私だったら、
そんな自分を責めていたかもしれない。
「今日もできなかった」
「やるって決めたのに」
「もっとちゃんとしなきゃ」

そんなふうに、
できなかったことばかりを数えていた気がする。


でも最近、
noteを書く機会が増えたり、

Beauty Japanを通して
自分の本当にやりたいことを見つめ直す中で、
少しずつ感じていることがある。

書くことは、
自分を追い込むためのものではない。
書くことは、
自分を受け止めるためのものなんだと思う。

今日やりたかったタスクが全部終わらなくても、
「できなかった私」を責めるのではなく、

「今日は休むために
必要な時間だったのかもしれない」

と思えるようになってきた。

もちろん、
タスクが終われば気持ちはすっきりする。
やるべきことが片づくと、
心も軽くなる。

でも、あまりに決めすぎると、
今度はその予定に自分が追われてしまう。

できなかったことが増えるたびに、
自分を責める材料が増えてしまう。

だから最近は、
少し余白を持って
暮らすことも大切だと思うようになった。

忙しい朝でも、
ベッドメイキングをする。

洗濯を回す。

洗面台をさっと拭く。

何かをしながら、ついでに少し掃除をする。

完璧にやろうとしなくても、
暮らしは少しずつ整えられる。

そして不思議と、
暮らしが少し整うと、
心にも少し余白が生まれる。

書くことも、
それと似ているのかもしれない。

びっしり書かなくてもいい。
毎日完璧に向き合えなくてもいい。
きれいな言葉にまとまらなくてもいい。

今の自分が何を感じているのか。
何に疲れているのか。
何を大切にしたいのか。

それを少しだけでも言葉にすることで、
自分の中に余白が生まれる。

書くことは、
自分を責めるためではなく、
自分に戻るための時間。

できなかったことを数えるより、
今日の自分に必要だった時間を見つけること。

忙しい毎日の中でも、
そうやって自分を受け止める時間を、
少しずつ持っていきたい。

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