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第03話 師匠との出会い (櫻先生登場の巻)

 山形の現場の親方は、
もともとは私の師匠の土山さんについていたが、途中で出ていってしまった菊井順三さんだ(順さんは出て正解だったと思う)。
菊井チームの、右腕の松岡敏雄さん、左腕の黒住英二さん。
三人とも、小豆島の人です。

はじまりはこちら(第00話/序章)

 いくつかの親方のグループがあって、
そのチームのメンバー中の一番年も上で、
年季も長い、元自衛官で、体力なんて化け物のような人で、
それでいて、メチャクチャ人のいい人で、
親方衆も、松ちゃんは本当に頼りにしていた。

 確か二年目に、
大阪から応援で、親方の土山さんも来た時に、
佐藤石材の佐藤(美智男、おの記憶が…)のおやじさんもやって来た。

 何をしに来たかというと、
割れたり、紛失した足りない石材などを型作ってゆく、加工を主な仕事で来ていた。

 ところがだ、
俺がいるのもあったんだと思うけど、
松ちゃんは、後継者の育成として、加工の方に連れて行かれてしまい、
その後には、松ちゃんとは一緒に並んで仕事することはなくなってしまった。

 実は、この松ちゃんの成長は、
つい最近、偶然にも知るところとなった。
松ちゃんが、日本の宝になっていたことは、
本当に、涙が出てしまった🤦



 さて、
山形や順さんたちには、中々馴染めなかったのだが、まあ、それなりにやっていた。
 しばらくして、夜に黒ちゃんと出かけた。
確かどこかのローソンに入ったところ、
ドアの左側にコピー機があって、プリントアウトしたモノが出てきた。
 すると、何か毛筆のコピーで、その字を見て、
フッと、「上手えぇぇ〜」 と声が漏れてしまった。
 するとソコにいた小さく華奢な老人が( 後の師匠となる 櫻先生こと武田先生  ( #オジィちゃん先生 )であった(キーマンとなる重要人物)
突然 「分かるか!」 と言ってきた。
いや、ただ、とにかく上手いと…   と言って離れた。

 黒ちゃんと、買い物がすんで車に乗ると、
そのお年寄りが飛び出して追いかけてきて、
さっきのコピーをくれた。
 これは、酒田港の番頭の大福帳だと言いながら、名刺をくれた。

 そこで、自分は名刺もないので、
実は長野県の者だけど、
お城の石垣の修復をしていて、大阪の岸和田城から山形城に来たと言い、
 城内の武道館の前に来たら分かると言うと、
信州から来たのか❗️  待ってたゾ‼️  と、ワケの分からないことを言った。

 その瞬間に、
山形のすべての石屋の総本家は、信州信濃の善光寺石工の信濃屋なんだゾッ💢 と、言った。

 横に乗っていた黒ちゃんが、
変なジイさんがと、横からツッいてきたので、
良かったら遊びに来てくださいと一言いって別れた。

 それから数日後、
武道館の前の工事用の入場口のところから、
声を掛けてくれる、あの時の老人がいた。

 あの時の、
ローソンでのこと…
武道館前でのこと…
運命の出会いって、その後に分かっても、
最初の一瞬すら、鮮明に記憶に残っていて、
本当にこうして書いているだけで感謝の涙が溢れてしまう。

 本当に良くしてもらったという意味での師匠とは、
今の中村石材工業の西川禎亮会長(当時社長)については、また別の機会に書くとして、

 自分が本当にありがたいと思った師匠が、
こんな俺を入れてくれた、取締役工事部長の
中村忠
この人が俺の石屋の産みの親。
そして石工としては、
土山緑造  が育ての親。
元はと云えばこの石屋がキッカケだが、
他の分野では、後にこの三人に学ぶことになった。
 順番に書けば、
井上強一先生
西村光一先生
そして、木村達雄先生
(特にピラミッドへ行かれた木村先生とはいつか、エジプト石造文化ピラミッドと八咫烏については話をしてみたいと願ってます)

 今、今井了恵が、この4月6日におそらく自分の最後の師匠になるのだと思う。
もう、自分の上には誰もいてれくれないと思っていたら、さくサクプロジェクトのみなさんと動きはじめてからこんな出会いがあって、
もう少し、と思うようになった。
そして、後に三人の師匠と呼べる人との出会いを持ちます。

「伝承 科野(しなの)」
原作   信州石工伝承技術保存会
企画制作 さくら咲くプロジェクト
事務局  さく咲くプロ(HP、SNS発信担当)

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【 伝承 科野(しなの)通信 】

 伝承 科野をご覧いただき誠にありがとうございます。
この科野は、ノンフィクションです。
あった事を、記録として残すために制作しています。
 しかし、一部は個人情報などもあり、赤裸々にすべてを書くわけにもいきません。
これから、時にはオブラートに包むこともあるでしょう。
中にはお墓にまで持ってゆかなければならない事もあるかもしれません。
しかし、言葉にできるものは言葉として、ここに残してゆく所存です。
 そして、文字にできないものは、
これから開催を予定している、勉強会や講演会、また可能ならワークショップなども開催し、心から心へとそのバトンを渡してゆきたいと思っています。

 ご覧くださったあなたに、間違いなく
このバトンを手渡させていただきました。

 手渡したこのバトン…
次世代に手渡していただけますよう、よろしくお願い申し上げます🤲🙇 

原案 信州石工伝承技術保存会
制作 さくら咲くプロジェクト

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© 信州石工伝承技術保存会/さくら咲くプロジェクト

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