絶望の夜に出会った、小さな24の「希望」の物語
静まり返った夜の部屋で、私は言葉を失っていました。
大切に、本当に大切に育ててきたハオルチア。「氷砂糖」と「京の華」を掛け合わせ、奇跡的に結実した、たった一つの大切な房。だいぶ色づいてきたその姿を見て、種がこぼれ落ちないようにお茶パックを被せようとした、まさにその瞬間の出来事でした。
指先が、ほんの少し花芽に触れたのです。
次の瞬間、唯一の房がポロリと、音もなく落ちていきました。
「やってしまった……」
頭の中が真っ白になり、一瞬にしてすべての楽しみが消え去ったかのような、深い絶望に打ちひしがれました。これまでの時間、これまでの期待が、一瞬の不手際で無に帰してしまった。そう思わざるを得ない瞬間だったのです。
しかし、物語はここで終わりませんでした。
落ちた房は、すぐ近くにあった別のハオルチアの鉢の中にありました。 あきらめきれない気持ちで、ダメ元でその小さな房を回収し、手のひらに載せてまじまじと見つめてみたのです。
すると、どうでしょう。 房の先端が、ほんの少しだけ、自ら開いているではありませんか。
もしかしたら、熟しているかもしれない。 祈るような想いでピンセットを握り、慎重に、慎重にその房を開いていきました。
中から現れたのは、小さな、しかし力強く黒い、24粒の種でした。

感動しました。 胸が熱くなりました。
あの房は、私のミスで落ちたのではない。 自らが完全に熟し、次の世代へ命のバトンを繋ぐ準備ができたからこそ、あの瞬間に落ちてくれたのだ。
そう、解釈することにしたのです。
物事の表面だけを見れば、それは「失敗」であり「アクシデント」かもしれません。しかし、一歩踏み込んでその裏側にある生命の営みに目を向けたとき、それは絶望ではなく、完璧なタイミングで訪れた「奇跡」へと姿を変えるのです。
実は、種まきの準備はまったくしていませんでした。 今、慌ててネットの情報を調べ、キムワイプ(キッチンペーパーを切らしていたので)で種を大切に包み、乾燥剤とともにフリーザーパックへ入れ、冷蔵庫の野菜室へと収めました。

1週間後の種まきに向けて、ここから大急ぎで準備を整えなければなりません。
やることが一気に増えました。 調べなければならないことも、たくさんあります。
でも、考えてみてください。この、未来に向かって夢中で調べている時間、準備に追われている時間こそが、最高に楽しいではありませんか!
人生に無駄なことなど一つもありません。目の前のアクシデントに挫けそうなときこそ、それを未来へのエネルギーに変えていく。今、この瞬間を一生懸命に楽しむ。
1週間後、私はこの24の希望を、未来へと蒔きます。
よければ、こちらもどうぞ!
いつも取り上げていただき、ありがとうございます!
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!いただいたチップは執筆資料の購入費や、多肉植物の養育費として使わせていただきます!