▶ エンジニア1名か、系列全局か。AWS勉強会が映した放送局クラウドの現在地【8/5】

Amazon Web Services ブログで、放送局5社の事例が公開されました。
中でも目を引くのが読売テレビの取り組みです。
琵琶湖で開かれる鳥人間コンテストのYouTube配信に、リアルタイムで英語字幕を付ける仕組みを、エンジニアわずか1名が約2か月で作り上げました。
放送局のシステムといえば、これまでは外部のベンダーに発注し、要件を詰め、年単位の期間と相応の予算をかけるのが当たり前でした。
それが自社の1人で動いてしまう。作る側と発注する側の関係が、静かに変わり始めています。
技術的な中身も示唆に富みます。
音声を文字に変えるAI、それを英語に訳すAI、そして最後に誤りを直す「番組専用の校正AI」という三段構えです。
汎用のAIは一般的な言葉には強い一方、チーム名や競技特有の言い回しは知りません。
そこで過去10時間分の配信音声をすべて文字起こしし、正解のデータを手作業で用意して、専用のAIに学ばせています。
精度を決めたのは最新モデルの導入ではなく、この地道な下準備だったわけです。

在阪局の動きも興味深いところです。
読売テレビ、関西テレビ、毎日放送の3社は、同じ会計システムをAWS上で動かしており、その移行経験を同じ壇上で語り合いました。
視聴率や番組では競い合う各局が、裏方のシステムでは知見を持ち寄る。
視聴者から見えない領域で競争しても得るものは少なく、コスト圧力も強まっている。
そうした判断が背景にあると考えられます。
CBC Dテックは、テレビ局のマスコットキャラクターと会話できるAIを開発しました。
担当者はプログラミング経験がほぼなく、AIに指示を出しながら作り上げたといいます。
「開発できる人」の条件が、コードを書けることから、やりたいことを言葉で正確に説明できることへと移りつつあります。

その裏返しの課題を、毎日放送が率直に共有しました。
社内で開いたハッカソン(短期間で集中的にシステムを作り上げる開発イベント)で生成AIを使ったところ、作ること自体は確かに速くなった。
ところが、セキュリティの設定が妥当か、テストが足りているかを見極める力が追いつかない。
登壇者はこれを「評価の壁」と表現しています。
放送は止まらないことが前提の仕事です。
作れる人が増えても、確かめられる人が増えなければ、品質を支える土台のほうが薄くなりかねません。

「1名・2か月」と聞いて、まず浮かんだのは「その1名が抜けたらどうなるのか」でした。
放送局の技術部門には異動があります。
数年で担当が入れ替わることも珍しくありません。
作った本人しか中身を知らないシステムは、動いているうちは安く見えて、止まった瞬間に高くつきます。
今回はシステム全体をコードで管理し、環境の再現や構成の把握をしやすくしていると説明されており、その点は手当てされていると言えます。
ただ、次の担当者が読んで分かるかどうかは、外からは見えません。

ここでキー局のAWS利用と並べてみると、規模の差がはっきりします。
TBSはJNNニュースクラウドという放送支援システムをAWS上に構築しました。
取材予定、原稿、素材、Qシートなどを一元管理し、系列28局への展開を5年から10年かけて進め、2030年以降の一本化を目指すという構想です。
日本テレビは70年分・200万件以上のアーカイブ素材を管理するシステムをフルクラウド化し、2024年5月から動かしています。
テレビ東京は13ペタバイトのテープ資産をクラウドへ退避させました。
キー局は自局の効率化を超えて、系列全体が乗る土台をクラウド上に敷きにいっているわけです。
規模も投資額も違いますから、同じ土俵で比べるものではありません。
ただ、クラウドも生成AIも、巨額の設備を抱え込まずに使える道具です。
むしろ組織が小さいほうが、決めてから動くまでは速い。
今回の各局の取り組みは、その速さを実証しています。
全国の局がこの道具を使い倒し、キー局とは違うやり方で伸びていく。そういう景色が見たいところです。
