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人生を弄ぶ生活保護制度〜誰の何のための制度なのか?

日本が誇るべき社会保障制度の一つに、生活保護制度があります。しかし、その運用を巡っては、たびたび矛盾や非人道的な判断が指摘されています。本稿では、生活保護制度を規定する法律や通知、そしてその運用を担う自治体の実情に焦点を当て、若者の自立を阻む「世帯分離」と、被災者の生活再建を妨げる「義援金の収入認定」という二つのケースから、制度の抱える問題点を探ります。


1. 自立を阻む「世帯分離」という壁

弁護士JPニュースの報道(※1)によると、生活保護受給者の祖父母と同居する孫が、准看護師を目指しながら収入を得たことがきっかけで、福祉事務所が「世帯分離」を解除し、祖父母の生活保護を廃止したというケースが取り上げられています。

この判断に対して孫側は裁判で争いましたが、最高裁は『世帯分離の認定は行政の広範な裁量に委ねられており、今回の判断は裁量権の逸脱・濫用にあたらない』として、県の判断を支持する判決を下したのです。この判決に対しては、『若者にヤングケアラーとしての立場を事実上強いるものであり、貧困の連鎖を断ち切ることを困難にする』といった批判的な声が上がっています。

この事例は、制度の根本的な矛盾を浮き彫りにしました。孫は学業と仕事を両立させ、将来の自立を目指していたにもかかわらず、その収入が「扶養能力」とみなされ、祖父母への生活保護が打ち切られたのです。

最終的に県は判断を改め、世帯分離を再開しましたが、この一連の経緯は、現行制度の運用が個々の生活実態に即していない可能性を示唆しています。

2. 「世帯分離」の目的と自治体の判断基準

前提となるのは、生活保護受給者は「世帯単位」で扱われ、同居家族の収入はすべて合算されるという原則です。

そして「世帯分離」とは、生活保護制度において、同居していても生活実態や生計が明確に分かれている場合に住民票上の世帯とは別に、生計を別にする世帯として認定する制度です。この制度の主な目的は、同一世帯員の中に生活保持義務関係にない者が収入を得ており、近いうちに自立すると認められる場合に、その収入が保護費の減額対象とならないようにすることで、若者などの自立を促すことにあります(※2)。具体的には、大学進学のためにアルバイトをする子どもや、結婚後も実家に住みながら自立した収入で生活する人が該当する可能性があります。

しかし、実際の運用は硬直的になりがちで、若者の就労収入が『世帯の収入』として合算されるケースが少なくないと指摘されています。

自治体は、厚生労働省が定める「生活保護法による保護の実施要領」に基づき、世帯分離の是非を判断します。たとえば、長期の入院や施設入所、または就職や結婚が間近で自立が見込まれる場合などが基準として挙げられます(※3)。しかし、前述のケースのように、この判断基準が機械的に適用されることで、個別の状況、特に若者の自立に向けた努力や将来への展望が考慮されず、かえって生活を窮地に追い込む結果となる事例が散見されます。

3. 被災地で繰り返される「義援金」を巡る矛盾

次に、能登半島地震の被災地で明らかになった、もう一つの問題を取り上げます。東京新聞の報道(※4)によると、被災した生活保護受給者が受け取った義援金が「収入」とみなされ、生活保護が打ち切られたケースが少なくとも20件確認されています。

厚生労働省は、東日本大震災以降、「義援金などは自立更生に充てられる分は収入と認定しない」とし、被災者への義援金や生活再建支援金について、一定の要件を満たせば収入認定から除外できるという特例措置を通知しています。しかし、この特例を適用するためには、受給者が「自立更生計画」を提出する必要があります。被災直後の混乱した状況下で、将来の生活基盤整備に必要な費用を詳細に計画し、書類として提出することは、自宅を失い、避難所や仮設住宅を転々とする被災者にとっては極めて困難な作業です。結果的に、手続きの困難さから義援金が収入として認定されるケースが発生しており、運用上の課題が指摘されています。

この「自立更生計画」を巡る運用は、制度の運用実態と被災者の現実との間に大きな溝があることを示しています。特例措置そのものは存在するものの、それが現場の判断で適切に機能していない可能性があるのです。花園大学の吉永純教授が指摘するように、義援金は本来、被災者への見舞金であり、使途を限定すべきものではありません。しかし、被災地の一部の自治体は、国の通知に沿った判断として、義援金を収入として扱い、保護を廃止するに至りました。

その後、義援金の特例措置について、自立更生計画の提出がなくても、福祉事務所側が生活再建に必要な費用を把握し、収入から除外する運用を認める通知が、能登半島地震の発生後に厚生労働省から出されています。しかし、この通知が現場に十分に浸透していない可能性も指摘されています。

4. 法定受託事務の壁

このような矛盾の背景には、生活保護制度が「法定受託事務」であるという特性が大きく関わっています。法定受託事務とは、本来、国が果たすべき業務を、効率性や国民の利便性を考慮して地方自治体が代行する制度です。生活保護事務は、この分類に属しており、憲法第25条が定める「ナショナルミニマム」(健康で文化的な最低限度の生活)の保障という理念を全国一律で実現するために、国の指揮・監督が強く及びます(※5)。

そのため、実際の生活保護の運用は、自治体の福祉事務所が担当することになります。具体的には、生活保護法そのものに加えて、厚労省の「通知」や「通達」、「過去事例」を根拠に「適正」かつ「均一」な運用を行っています。とりわけ受給者の生活に直結する収入認定については、自治体単位での工夫・改善の余地が極めて限定されています。

通知はあくまで行政解釈であり、法的拘束力は限定的なものとなっているのですが、現場は「通知・通達通りに処理すれば責任を問われない」という構造の中で、機械的判断を優先しがちになっていきます。

世帯分離のケースでは、認めるかどうかの判断は「同居者の収入が世帯の生活費にどの程度充てられているか」に左右されます。しかし実務では、厚生労働省の通知や生活保護法の規定を過度に形式的に解釈することで、実質的には「世帯分離は認めにくい」という運用が一般化しているという指摘もあります。

また自治体が、厚労省に対して問題提起することも制度的に可能ではありますが、現実には地方行政が国の方針に正面から異議を唱えることは少ないうえ、制度改正に至るまでの時間は長く、被災者や若者にとっては「救済が間に合わない」という現実が突きつけられています。

こうした制度的制約は、各自治体が個々の被保護者の実情に応じて、柔軟な対応をすることを著しく制限します。吉永教授が指摘するように、制度の運用が被災者の生活実態に合わないにもかかわらず、自治体は国の通知から逸脱した独自の判断を下すことが難しいのです。結果として「形式的な処理」が繰り返され、制度の硬直化が進んでいき、時代遅れのものとなり、アップデート自体されていないという指摘もあります。

5. 総括と今後の制度改革の必要性

今回取り上げた二つの事例は、生活保護制度の運用が、本来の目的である「自立の助長」や「生活再建」から乖離している可能性を示しています。

若者の貧困の連鎖を断ち切るための「世帯分離」は、かえって自立を妨げかねません。被災者を支援するための「義援金」は、かえって生活を打ち切りかねません。その根底には、個別の状況に寄り添う柔軟性を欠いた「法定受託事務」という制度上の制約があります。

今後、生活保護制度を真に国民のためのものとして機能させるには、以下の改革が不可欠となるでしょう。

運用基準の見直し

義援金などの収入認定や、世帯分離の判断基準について、個々の生活実態や自立に向けた努力をより細やかに考慮できるような、法と通知の関係性の見直しや弾力的な運用基準の策定が求められます。

自治体の裁量拡大

地方分権の理念に基づき、生活保護事務を法定受託事務から、一定の裁量を認める「自治事務」への移行を検討すべきです。これにより、地域の実情に応じたきめ細やかな支援が可能になります。

形式主義からの脱却

「自立更生計画」のような形式主義を軽減し、当事者が混乱なく利用できる手続きを整えることも時には必要となります。

情報提供と対話の促進

福祉事務所から被保護者への情報提供をより丁寧に行うとともに、当事者からの意見や相談を真摯に受け止め、制度運用に反映させる仕組みを強化する必要があるでしょう。

生活保護は、困窮した人々が再び自立するための「セーフティネット」です。その網の目が、かえって人々の人生を弄ぶようなことがあってはなりません。

いまの生活保護制度は「国の責任を自治体に丸投げし、自治体が通知を盾に利用者を制限する、人生の選択を縛り自立を阻害している」という構造に陥っていると言えます。

人生を立て直そうとする人を支えるのか、それとも制度のために人を犠牲にするのか。――生活保護制度は、いまその岐路に立たされているといっても過言ではありません。

今こそ、制度が誰のために存在するのかを問い直し、抜本的な改革を進めていく必要があるのです。


出典

(※1)生活保護受給者の“孫”が働きながら学校に通うのはNG? 最高裁判決に「国はヤングケアラー推進か」疑問の声も…若者の自立を阻む“制度の矛盾”とは(弁護士JPニュース)

(※2)厚生労働省 生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて(昭和38年04月01日社保第34号)

(※3)厚生労働省 2.生活保護法による保護の実施要領について

(※4)義援金は収入なので生活保護は打ち切ります…能登でも発覚した「お役所仕事」 特例措置もあるにはあるが(東京新聞)

(※5)厚生労働省 第4回生活保護費及び児童扶養手当に関する関係者協議会(第4回資料)


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