脳くんとわたしの日常
マクドナルドの店員さんを見るたび、わたしは毎回、目が釘付けになる。
もっと細かく言うと、窓口の人に夢中なのだ。
我が家はかなりの頻度でマクドナルドへ行く。
子どもはハッピーセットのおもちゃを欲しがるし、なんだかんだでポテトが死ぬほど美味しい。しかも安い。さらに言えば驚きの速さで提供されるのでお腹を空かせた怪獣たちを素早く大人しくさせることができるからすごく助かっている。
子どもたちに「なに食べたい?」と聞くと9割くらいの確率で「マック!」と言われる。残りの1割はうどんと言うことが多い。フードコートでは「マックのポテトとうどん!!」とか言って全部盛りにしてくるのでお財布の油断はできない。そして気づけば、かなりのヘビーユーザーになっていた。
我が家でのマックは、電気・ガス・水道に次ぐ第四のインフラなのである。
店内で食べることもあるけれど、ドライブスルー率も高い。注文を終えて、支払いブースまで車でゆるっと近づく。すると、インカムをつけた店員さんが「2890円です」とこちらへ話しかけながら、ほぼ同時進行で次の注文も受けている。
これだよ、これ。
わたしには絶対できない。
この、「同時処理」という作業だけは。
逆立ちしたって無理だし、どんなにやる気がみなぎっていたとしてもわたしには無理だと思う。もしかしたら、あの人たちは聖徳太子の生まれ変わりなのではないかしら?とさえ思う。
外国人の店員さんだったりした時には第二言語で同時処理ができる……だと?と、本気で腰が抜けそうになる。
わたしは昔から、電話が大の苦手だ。
出ること自体は別にいい。でも、とにかく聞き間違う。そして覚えていられない。
メモを取ろうとすると聞き取れない。聞こうとすると手が止まる。耳と手を同時に動かすことができない症候群が即座に発動する。
加藤さんが佐藤さんになるのは朝メシ前。
ついでに中山さんがひっくり返って山中さんになってしまう。なんなら、その時は本気でそうだと思っているので厄介である。
仕事で電話に出ても間違うことがかなりあるので「あそこの会社、電話に出る人マジやばい」って噂になってたらどうしよう…とか不安になる。まぁ、社内ではすでに「マジやばい認定」をされてはいる。そして「伝言でいいから」というのが怖くてしかたない。聞いた瞬間は分かってるのに伝える頃には言葉がボロボロと崩れている。
普通の人が、聞いた言葉を口の中で飴玉みたいに転がしながら確認できるとしたら、わたしの場合はボーロだ。入れた瞬間に形が崩れ始める。
最近になって、思うことがある。
もしかすると、これ、聞こえていない部分を脳が勝手に補完しているんじゃないのかと。ちなみに耳はしっかり聞こえていて、聴覚検査でも毎年全く問題がない。
脳としてはたぶん親切心なのだろう。
「もしかしてこれじゃね?」くらいのノリで毎回かなりの大博打を打っている気がする。成功率が高ければいいのだが、低いから問題なのだ。
補完のスピードもある意味深刻で、聞き取れていないものを頭の中の語彙集というタンスから見つけるのが恐ろしいくらい速い。
「あ、それかも」とつい納得してしまう内容だったりするので余計にややこしくなる。
以前、子どもが支援級へ行きたいと言うので教室を見学しに行くのに先生と廊下を歩きながら話していた時のことだ。
先生が「○○ちゃんは情緒かな、と思います」と言った。わたしは「そうなんですよ〜、長女で……」と返していた。
先生は「???」みたいな顔をしていた。
わたしも「???」となっていたら先生が「あ……、知的のクラスと情緒のクラスで分かれてるんですよ」とめちゃくちゃ言いにくそうに教えてくれた。
まず、言い訳させて欲しい。
話し言葉で聞くと「情緒」は「じょーちょ」になる。そしてわたしは普段の生活で「情緒」を単体で聞くことは、ほぼない。
例の語彙集のタンスへ脳が走る!「じょーちょ、じょーちょ……あった!コレだろ!長女(ちょーじょ)!!」
だいたいこれじゃね?が発動した瞬間である。
そして、「情緒」かーーーい。
とも思ったけどわたしが支援級について全く勉強していなかったので逆に申し訳なかったし、前後の会話の流れでなんとなく成立してしまっていたせいで、余計に恥ずかしかった。
脳よ。
お願いだから、聞こえたものだけ拾うようにしませんか。脳とは一度しっかり個人面談をできないものだろうかと常々考えている。膝と膝を突き合わせてお互いの言い分をディスカッションするのだ。
落ち着いた雰囲気の料亭のお座敷で美味しい料理でもいただきながら…とかどうだろう。話もスムーズにできるのではなかろうか。話し合いの勝率は場の雰囲気と準備で8割決まると聞いたことがある気がする。
わたし「余計な前置きはナシです。なんで違うものを持ってくる?」
脳「え…?だって多分これかと……」
わたし「いや、多分これじゃ困るの。確実じゃないと、毎度わたしが事故ってんだけど?」
脳「でも…、あなたが困ってそうだったので…とにかく急いで8割くらいの感じで持って行ってるんです」
わたし「いや、違うんだよ、大体じゃ困るのよ。それにキチンと覚えてて欲しいんだが?」
脳「違います!!忘れたくて忘れてるんじゃないんです!!手を動かす指示してたらなんか……そうなっちゃうんです!!」
わたし「いやいやいや、そのおかげでこっちはめちゃくちゃ事故ってんのよ」
……と、このエンドレスになりそうだ。
おそらく、話し合いは平行線のままだろう。
場の雰囲気は良かったが、双方の準備が足りてなさそうなのは否めない。
そして結論から言うと、脳本人も何故こうなるのか根本的にわかってなさそうだ。脳よ、あなたもツラいのね。
そのくせ不思議なことに、歌番組なんかを見ていると「あ、今ズレた」とかわかる。この時ばかりは脳も「ふふっ!音楽はまかせろ」なんて言ってるかもしれない。
だからだろうか。わたしが音楽を作っている時は脳が楽しそうに聴いたり調整したりしている気がする。「ここの違和感なんだ?あ、これか!」とか「この和音、最っ高!!」みたいに、まるで水を得た魚のように生き生きしている気がする。
なんなんだろう。
情報としての音は苦手、でも音のかたまりは好き。そんな感じで好きと苦手の振れ幅が大きすぎる気がする。
そうか、きっと電話担当は1人でやってて、音楽担当は複数人なのかもしれない。
「この和音、さっきのより良いですね」
「あ、ストリングスが今度は背景に回ったぞ!」
と、音楽担当達はこんな風に回しているのかもしれない。
一方、電話担当は「慢性的な人員不足のため、現在ワンオペで対応させて頂いております。電話につきましてはゆっくりはっきりを基本とし、聞き返しにもご協力いただけると幸いです……」とでも言ってそうだ。
もう少し平均的だったら、もっとラクだったのかなと思う時はある。実生活では困ることも多いし、恥もそれなりにかいてきた。でも、たぶんこれはもう、そういう仕様なのだ。
どうやら、わたしの脳の電話部署は、慢性的な人員不足のため十分な引き継ぎができず、いつまで経っても新人ばかりの部署らしい。
なかなかのブラック案件である。
だからわたしは、情報を得るツールは音声ではなく文章の方が好きだ。
文字は逃げない。何回でも確認できる。電話よりもLINEやメールの方が落ち着いてやり取りできていることが多いと思う。
そして、目から入る情報には割と強い気がする。昔、誤字脱字をチェックする校正の仕事をしていた時は、誤字が向こうから飛び込んでくるような感覚だった。なぜか不思議と見つけられる。誤字が「ここですよー」って待ってくれている感じに近いかもしれない。
耳から入る情報はF-1並に走り去り、目から入る情報は車の展示場のように整列しているような感覚なのだ。
なんだかんだで、世の中よくできている。
聖徳太子みたいな人もいれば、
ボーロみたいな人もいる。
わたしを助けてくれる人がいるように、たぶん、わたしもどこかで誰かの役に立っているのかもしれない。今はとりあえずそう思うことにしている。
少しだけ、ドライブスルーの店員さんになる妄想をしてみた。
………うん。普通に地獄だった。
MとLでサイズは間違えるし、マックポークと思ったらマックチキンだったりして「やば、チキンとポークが混ざる!」という感じで散々だった。なんせ、あのポテトの揚がった音にめちゃくちゃ意識を取られてた。ミスしまくって、ついにはマネージャーがクレーム入れられてすごく怒られてた。やはり、わたしはどう足掻いても、脳内シミュレーションでさえも同時処理は無理っぽい。
だからわたしは、ドライブスルーの窓口で鮮やかに働く店員さんを見ながら、心の中で勝手に拍手している。
「ブラボー!!」
「グッジョブ!!」
「アメージング!!!」
と、聖徳太子の生まれ変わりの皆様にコッソリと最大級の賛辞をおくり続けているのだ。
