カネのために入隊することは、侮辱なのか?
一度ミスを犯したら人生が終わる、と言われる日本社会の宿痾が露出したような有様だ
古賀議員へのバッシングが続いている
先日も彼女の失言とその背後にある真意について考えてみたが、ここまで叩かれるほど彼女の失言は問題なのか?
今回はそこに絞って改めて考察してみたい
1.個別の事実は存在する
自衛隊には経済的理由で入隊する人がいるのは間違いないだろう
だが、すべての人がそうかと言えば、それは間違いだろうし、経済的理由があったとしても、それに加えて使命感などいろいろな理由を複合的に持っている人がほとんどだろう
しかし、彼女はそれをきちんと言語化できなかった
実際、経済的要因を入隊の理由にしている人を何人か例示することもできる
わかりやすいところで言えば芸人のやす子だ
彼女は実家が困窮していて、そこから抜け出すために自衛隊を選んだと語っている
「北斗の拳」の原作で有名な武論尊も同様の理由を語っている
政治家・米山隆一氏の父親もそうだという
ただ、経済的理由で入隊した人が安全保障、国防を意識した使命感を持っていなかったとは限らない
経済的理由と使命感は両立しうる
両者は排他的ではない
そこを理解していない人が多いように思うがそれは間違いだ
ここでは有名人の事例を拾った
だが、経済的理由で入隊し、使命感を感じながら家族を支えている、そう言う普通の隊員も多いのではないだろうか?
2.客観的データの不在
ただ、これらはあくまでも個別的な事実だ
自衛隊の入隊理由についての網羅的なデータはない
だから、経済的理由で入隊した人がどれくらいいるのかはわからないのだ
さらに言えば、経済的理由と使命感が両方あった人については本人だって、使命感60%、経済的理由40%などと割合を明言できるものでもないだろう
古賀の発言が雑だったのはここだ
彼女の生徒の中に経済的理由を意識して自衛隊に入隊した生徒がいたことは事実なのだろう
だが、それは前章で上げたような個別の事例に過ぎない
それを以て、自衛隊は「経済的に厳しい子供達が行く」「豊かな子どもたちは自衛隊とかな」らないとは言えないのだ
男性は〇〇、女性は〇〇といったときに傾向を言っているのか全てがそうだと言っているのかは文脈によるが、経済的理由で自衛隊に入る人がいることは間違いない一方で、そうした人が傾向と言えるレベルで存在するかも不明だ
つまり、このあたりは明らかに擁護できない
そこまでの色々なやり取りの経緯もありそこが無視して、いわゆる「切り抜き」がなされていることへの疑問もあるが、まあそれはいい
重要なのは網羅的データの不在は彼女を批判する側が「自衛隊員の大半にとって経済的理由は入隊理由ではない」と言い切ることもできないと言う事実だ
そう言う意味では小泉防衛相を含めて、彼女を批判している側も根拠のないことで彼女を批判しているのだ
少数なのか多数なのかはわからないが、経済的理由で入隊することが実際に存在している以上、まだ古賀議員の指摘のほうが事実に近いとも言えるかも知れない
3.国も全面に押す経済メリット
さらに、前回この問題を論じたときに指摘したように、事実として、自衛隊自身が経済的なメリットを前面に推して人材確保に努めている
もし古賀議員の発言が「自衛隊員を侮辱している」のなら、自衛隊自身が、そして日本国自体が、自衛隊員を侮辱していることになる
先日も例示したが、以下の愛媛や熊本の地本の募集ページを見るとそれがよく分かる
https://www.mod.go.jp/pco/ehime/infojob.html
https://www.mod.go.jp/pco/kumamoto/img/fukuri.pdf
また、自衛隊には大学生や大学院生に奨学金を出す代わりに、一定期間自衛隊に勤務することを求める自衛隊奨学生制度がある
この拡充についてのパブコメ募集の際も文書にも制度の「拡充を通じ、有為な人材の早期確保を図ること」とある
経済的なインセンティブが募集状況の改善につながるという明確な認識だ
https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/download?seqNo=0000288107
繰り返すが、自衛隊や日本政府は明白に経済的メリットで自衛隊員を集めようとしているのだ
言い方はおかしかったり間違いがあったとは言え、公開文書で明らかになっている政策を指摘することがなぜ侮辱なのか?
入隊理由が経済的なものであることを指摘することがなぜ「自衛隊員に対する侮辱」になるのかも意味不明だ
これは逆に言えば「貧困は悪だ」と断じているに等しい
むしろ、彼女を「自衛隊員を侮辱している」と発言する人間こそ、貧困を悪と考える拝金主義者に毒されていないか、自問してみるべきではないか?
使命感という要素を無視されたことによる怒りはわかる
だが、前述のように金銭的なインセンティブと使命感は排他的ではなく、両立するのだ
自衛隊の価値を信じているのなら、むしろ「使命感を持てる職場なだけでなく、経済面で恵まれない人にチャンスを与える職場でもある」と胸を張って誇れば良いのではないか?
軍隊は、どこの国でもそう言う性質を1面で持っている
「侮辱」と捉えることはますます意味がわからない
4.小泉発言の非合理
この「侮辱」発言の口火を切った一人が小泉防衛大臣だ
上記のように古賀発言を「侮辱」とすることに論理性はない
彼の立場を考えれば、現場の自衛官の声を集め、網羅的な統計は難しいにしても、「経済的理由で入隊したが、使命感も持ち、やりがいのある仕事をしている」隊員の声を集めて古賀氏に反論することは容易だろう
しかし、彼は感情的な対立を呼ぶ表現を選んだ
冒瀆と断じ、入隊者の経済的背景とは無関係な採用者数の増加を持ち出し、『無理解だ』と古賀氏個人を断罪した
事実と冷静さと合理性が最も重要な軍事を担当する官庁の長としてその資質に疑問を挟まざるを得ない
さらに言えば、「侮辱」のような言葉を使うことで分断を煽った
敢えて好意的な解釈をすれば、これは一種の「認知戦」なのかもしれない
だが、認知戦は敵、少なくとも仮想敵に対して仕掛けるものだ
対立政党とは言え、自国の政治家に仕掛けるものではない
もし、彼が古賀氏を敵、仮想敵と思っているのなら、民主主義の前提を理解しているのだろうか?
70年代の左派学生運動が内ゲバによって大衆の支持を失って衰退していった歴史を引くまでもなく、国内の分断を喜ぶのはむしろ仮想敵国だろう
この「認知戦」が意図的であろうと、偶然であろうと、こうした彼の言動は防衛大臣、ひいては政治家としての彼の資質に疑問を呈するものではないか?
5.我々が向き合わねばならないことはなにか?
結局のところこの問題の根幹にあるものは「自衛隊」と言う組織の本質的な性質だろう
災害派遣で苦境や命を救われた人は数多いる
だが、それは自衛隊の従たる任務に過ぎない
自衛隊の主たる任務はあくまでも安全保障、国防だ
つまり、最終的には殺し、殺されることだ
残酷だがそれが軍事組織の現実だ
職業に貴賤はないと言いつつ、古賀氏の失言に過剰に感情的になるのは、その自衛隊の特殊性があるからではないか?
最終的に命をかけることが任務の自衛隊の募集に経済メリットを前面に推すことは、突き詰めれば命をカネで買うことにほかならない
繰り返し指摘しているように、それだけが理由とは限らないし、それでもなおかつ使命感を持って職務にあたっている自衛官が多いのも事実だろう
だが、多くの国民にとって、国家の安全保障を支える自衛官に金で命のリスクを押し付けていると言う現実は向き合いたくないのだろう
我々が向き合わないといけないのはまさにその矛盾なのだ
