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東京圏でしか暮らしたことがなかった1940年生まれの母が、私の住む山形でひとり暮らしを始めた話①

生まれてこの方、東京圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)でしか暮らしたことがなかった1940年生まれの母。

80歳を過ぎたころだったか、今後の生活の場は自分で決められるうちに決める、と宣言した通り、2024年の秋から自らが入居する高齢者施設を探し始めた。ところが、それまでに縁のあった土地には条件に適う施設が見つからない。紆余曲折を経て着地したのは、当初全く想定していなかった私が住む山形市の中心市街地のど真ん中にあるサ高住であった。

新たな生活も丸一年を過ぎた。ことの顛末と、その後の山形での暮らしぶりをお伝えしたい。

1 生い立ちと生活

彼女は1940年東京生まれ。4歳の時に東京大空襲の中を逃げ回った経験を持つ。その後、学齢期から結婚するまでを鎌倉、結婚してから子育て期の10数年を吉祥寺、長男と次男(私)の独立や夫との死別を経てひとり暮らしとなった延べ40年ほどを柏で過ごした。長男(私の兄)は都内で所帯を持ち、親族は今も頻繁に連絡を取る弟が鎌倉在住、夫方はどの家も都下で暮らしている。そして大学卒業後に山形県内に就職した私だけが地方在住という状況だ。

結婚後はJTCに長く勤めた夫の扶養の範囲内で働きながら、夫のリタイア、死別を経て、国民年金3号被保険者の恩恵を受けて年金生活を送る。性格は明るく社交的でなによりもポジティブ。ひとり暮らしになってからも、地域のボランティア活動やグラウンドゴルフ、友人たちとの旅行や音楽鑑賞など活動的に過ごしてきた。今も頻繁に連絡を取る友人たちのほとんどは柏の自宅のご近所さんである。

柏の家は築40年を過ぎた5階建てのマンションの3階。JRの各駅停車だけが停まる最寄り駅から徒歩12~3分である。数年前に膝を手術してからは、駅に行くにも帰るにも坂を下って登らなければならないということと、マンションにエレベーターがないということが負担になっていた。運転免許は持たないので、買い物は生協の宅配と徒歩圏のスーパー、自転車で15分ほどのショッピングモールなどを利用していた。

柏のあけぼの山公園

2 自分での施設探しと限界

膝の不安に加え、自炊生活にも飽き飽きしたと80歳を過ぎたころから余生を過ごす施設を自分で探すと宣言。老親を顧みない息子たちにはゆめゆめ頼る気などないからね、ということだったのか。2024年の秋頃には、柏市内を始め新聞や口コミで知った(と思われる)周辺市町の施設の資料が結構送られてきていた。

私は東京出張のついでに実家に寄った際にこれらに目を通し、だいたいの相場観を知った。当たり前であるが、都市部にあって設備や食事が良いところは高いし、地方の公的な施設はお手ごろだ。この頃にはじめて、彼女の収入(厚生年金+企業年金)を通帳で確認。えーこんなにあるんだ。実はここで遺族年金の仕組み(厚生年金を収めていた夫が亡くなると、扶養されていた妻の生活を保障するため生涯にわたって一定額の年金が支給される)を認識。なんとも昭和のモデル家族に手厚い制度だ。もちろん、私にもその恩恵はあるのだけれどね。

彼女は届いた資料を検討し、料金が手ごろで近いところから電話で問い合わせをするも、なかなか条件に合うところは空いていない。問い合わせを繰り返し、ようやく入居が可能で見学ができる施設が見つかったという。ただし、公共交通だけではたどり着くのが難しい立地。車を持たない兄ではなく私に連絡があったのはそのためだ。まあそういうことなら私も勉強、と有休を使って柏へ向かい一緒に見学に臨んだ。

目的の施設は、柏から55㎞(!)ほど離れた茨城と栃木県境のケアハウス。この頃は私もケアハウスがどういう施設を指すかも理解していない。資料の価格表を見る限り、かなりお手頃なのは間違いない。それにしても何でここよ。最寄り駅は小山だよ。近くに誰も身内いないじゃん。

広々とした田んぼに面して淡いピンクの建物が存在感を放っていた。いかにも面倒見の良さそうな地元のおっちゃんが一通り施設を案内してくれる。ちょっと無機質な共有スペースと個室が連なる雰囲気はどこかと似ている。そうか、バリアフリーになっているのは高齢者向けだが、これは娘が入っていた学生寮と同じじゃないか。

こういう施設のウェブサイトはリアリティがない笑

3 作戦変更

最初の見学の帰り道、Googleマップで見つけた高評価のラーメン屋でふりかえる。あのおっちゃんは悪い人じゃなさそうだけれど、さすがに場所がちょっとね。何かあっても駆け付けるまで半日かかるよ。週に一度の買い物ツアーがあるとは言っていたが、日常の買い物や通院は大変そうだよね。装飾を配した今どきのラーメン屋の居心地は決してよろしくない。

冷静に考えてみる。何かあったとき、兄か私のどちらかが短時間で駆け付けられることは絶対条件だ。日常の生活も今後はサポートが必要になってくるだろう。兄は都内在住で、自家用車は持っていない。近隣の施設は費用が高額であるか、もしくは空きがないか。入れる施設を探すとおのずと郊外になるだろう。となれば山形はどうか。印象でしかないが、都内より費用は抑えられるだろうし、空きだってあるはずだ。わが家は夫婦とも車を持っており、何かあれば駆け付けやすい。問題は、80数年の長きにわたり暮らしてきた首都圏から離れる決断ができるかだ。

じゃあ山形で探してみるか?と軽い気持ちで聞いてみる。驚いたことに、雪への不安は持ちつつも、そこまで抵抗感は示さない。ともにあまり深く物事を考えない、というのは良いのか悪いのか、似ているのは親子たる所以だ。こうなったら話は早い。さすがに山形の施設を新聞と口コミが情報源の彼女が探すのは難しい。春までに私が山形の候補施設を見繕うことにして、一回目の見学ツアーを終えた。

≪②に続く≫


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