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行くと決めていたのに動けなかった朝、親として揺れた話



行くと決めているのに、起きてこなかった朝

行くと決めているのに、起きてこなかった朝。

その瞬間
「やっぱりダメかもしれない」って思った自分がいた。

少しずつ動き出そうとしているのも知ってる。

でも、思うようにはいかない。


不登校の子の変化って

一直線じゃない。


期待して、がっかりして

責めたくなって

でも責めたくなくて。

そんなふうに

揺れる時がある。

今日はそんな朝に考えたことを書きます。


行くと決めていたのに、動けなかった

この春

通信高校に通う息子が

週に1回のスクーリングに行くことになりました。


場所は、娘も通っている同じキャンパス。

通信高校なので必須ではないけれど

人と関わりたい。

このままではダメだと思っている。

そんな気持ちがあって

自分で「行く」と決めたんだと思います。

4月に入って、その日が3回ありました。

1回はバイトで行けなかった。

残りの2回は、行く予定でした。

でも、行かなかった。

起きてこなかったんです。

(不登校あるあるですね)


がっかりはする。でも責めたくない

正直、がっかりはします。

だって、行くと決めていたから。

こっちもその気持ちに応えて

お金も払ってるし。

(息子は留年してるので今年で4年目の高校生活です)

「行くって決めたんじゃなかったの?」

そう思う。

でもだからといって

「なんで起きてこないの」

「なんで行かないの」

「行きなよ」

そう言ったところで

動けない時は動けない。

それも、わかってる。

責めたいわけじゃない。

でも、黙って見ていればいいとも思えない。

このなんとも言えない揺れの中で

私はずっと考えていました。


「面倒くさい」は怠けじゃないかもしれない

たぶん本人の中には

不安もあると思う。

でもそれだけじゃない。

「行った方がいいのはわかってる」

「でもなんか面倒くさい」

そういうのも

きっとある。


でも私は最近、この“面倒くさい”って

ただの怠けじゃないなと思っています。

面倒くさいを越えられないのは、怠けじゃない。
“越えるだけの力が足りていない状態”なんだと思う。


人って、やる気とか元気とか勇気が貯まっていないと

面倒くさいを越えられない。

これ、息子だけじゃなくて私もそう。

元気がない時って

やった方がいいとわかっていることでも動けない。

ほんの少しのことでも

重たく感じる。


親にできるのは「動かすこと」じゃない

だから私は

「面倒くさいなら仕方ないよね」でもなく

「面倒くさがってるだけでしょ」でもなく

この“越えられなさ”

どう見たらいいんだろうと思うんです。


じゃあ親に何ができるのか。

起こすことなのか。

励ますことなのか。

放っておくことなのか。

背中を押すことなのか。

たぶん、正解はひとつじゃない。

その時その時で違うし

相手の状態によっても変わる。

だから本当に難しい。


でも今の私は

この子が“面倒くさい”を越えられるだけの

やる気、元気、勇気を貯められる関わりって何だろう?
と考えています。

責めることではたぶん貯まらない。

正論でも貯まらない。

そして

ただ放っておけば貯まるわけでもない。


動かすより「動ける力」を信じたい

子どもが動けないとき

つい「どうしたら動くか」を考えてしまう。

でももしかしたら

“動かすこと”よりも

“動ける力を信じること”の方が大事なのかもしれない。

この子の中には、ちゃんと力がある。

ただ今は

まだそれを使える状態じゃないだけ。


私もまだ全然わからないし

迷うし、悩むし、これで合ってるのかなって思う日もあります。

「言わない方がいいよな」って

思いながらも

言っちゃう時もある。

それでも

子どもをただ動かすことより

自分の力で動けるようになる土台を育てていきたい。

そんなことを考えた朝でした。


今できる小さな見方の変化

もし今

同じように

言いたい。

でも責めたくない。

背中を押したい。

でも押せばいいわけでもないよね。

そんな揺れの中にいる方がいたら。


今日いきなり正解の声かけを見つけなくても大丈夫。

その代わりに、ひとつだけ。

この子が面倒くさいを越えるために

今足りないものは何だろう。

そんなふうに見てみる。


現実って

いきなり大きくは変わらない。

でも見る視点が変わると

かける言葉も

そこに乗る意識も少しずつ変わっていくと思っています。



ワタシももうすぐ親になるわよ。でも好きに生きるわ。


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