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PL学園出身プロ野球選手一覧【最終回】中川圭太は最後のPL戦士となるのか?

PL学園出身の全プロ野球選手を在校年度順に紹介していくシリーズ。今回は11回目、いよいよ最終回となります。

「甲」欄の★は甲子園に出場した選手です。クリックすると表が拡大します。


高校・大学と日本代表に選出されたエリート

2001年に発覚した暴力事件の影響は大きく、翌2002年まで2年続けて甲子園から遠ざかったPL。2003年の夏の甲子園に、キャプテンとしてチームを3年ぶりに大舞台へと導いたのが小窪哲也です。1番・ショートとして2試合で6安打を放ち、AAAアジア大会の日本代表にも選出されました。

大学では下級生時からレギュラーに座り、主力として日本一を経験。また、日本代表にも選出されるなどアマチュア球界屈指の内野手として広島入りを果たします。

プロではしぶとい打撃に加えて複数のポジションを守れるユーティリティ性を活かし、主にスーパーサブ的な役割を担い首脳陣から重宝されました。最後は独立リーグやロッテのユニホームに袖を通し、14年間のプロ生活に別れを告げます。現在は古巣・広島のコーチです。

NPBを代表する投手としてメジャーへ

翌2004年の夏もPLは甲子園に出場します。その原動力となったのは1年生ながら主戦格を担った前田健太でした。PLの1年生投手としては桑田以来となるマウンドに登りますが、初戦で敗退しています。

2度目の甲子園となった2006年のセンバツでは一回り大きくなった姿を披露し、伸びやかなストレートと大きく縦に割れるカーブを織り交ぜ、初戦で16奪三振完封という快投を見せます。2回戦では完封、準々決勝では1失点完投と“桑田二世”の前評判どおりの好投でベスト4進出の立役者となりました。ちなみに、PLが甲子園でベスト8以上に進出したのはこれが最後です。

投手としての完成度が高いこと。またPLから現れた久々の好投手ということもあり、チームでは朝井秀樹以来5年ぶりとなる1巡目指名で広島に入団します。将来のエースとして早くから嘱望される存在となり、2年目には早くも先発ローテ入り。2010年から6年連続で二ケタ勝利をマークするなど広島だけでなく、NPBを代表する投手へと成長しました。

2016年には満を持してメジャーに進出。3度の二けた勝利をマークするなど世界最高峰の舞台でも結果を残し続けました。来季はNPB復帰を公言していますが、楽しみです。

故障に苦しみプロでは結果を残せず

前田とともにセンバツに出場したのが冨田康祐です。8番・センターのレギュラーとして4強進出に貢献したほか、準決勝では最終回でマウンドに登っています。

卒業後は青学大に進むも故障のため結果を残せませんでしたが、独立リーグの香川では抑えとして活躍し、育成ドラフトでDeNAへ。2年目に支配下登録を勝ち取り一軍デビューを果たしましたが、登板は1試合のみに終わっています。3年で戦力外となると米マイナーでプレー。その後、香川に復帰した後に2016年限りで現役を引退しています。

2学年下の緒方凌介は2年夏からレギュラーに座り、最終学年にはクリーンナップを任されるなど主力として活躍しましたが、甲子園には手が届きませんでした。東洋大ではレギュラーとして活躍し、高い身体能力も評価されて阪神から指名を受けます。

しかしプロでは一軍のカベの厚さに加えて故障などもあり伸び悩み。2014年に28試合に出場して2本塁打を放ったのが最高成績でした。6年で現役を引退後、現在は広報としてチームを支えています。

最後の高卒プロ入り選手たち

入来祐作・今岡誠・前川克彦がドラ1位で指名された1996年のドラフトから小窪哲也まで、12年連続でPL出身者がプロ入りを果たしますが、2009年の春・夏を最後に甲子園から遠ざかると、プロ入り選手も比例して減少していくことになります。

2010年のドラフトでは、2009年の甲子園で2年生ながら主力を担った2名の選手がプロ入りします。吉川大幾は1番・センターという切り込み隊長としてセンバツでは3塁打2本を放ち、夏の府大会では”清原超え”となる一大会5本塁打をマーク。夏の3回戦ではPLの選手としては甲子園最後となる本塁打を放ちました。

三拍子そろったセンス抜群のプレーヤーとして早期のレギュラー獲りが期待されましたが、代打や代走、守備固めなどゲーム終盤の”便利屋”に活路を見出し、巨人移籍後の2018年には自己最多となる97試合に出場。引退後はスコアラーを経て、現在は三軍で内野守備コーチを務めています。

勧野甲輝は中学時代に国際大会を経験したほか、140キロを超える速球を披露するなど当時から逸材として注目を集めていました。2008年の夏の府大会では1年生ながら4番に座り、リリーフも任されるなど大器ぶりを見せつけています。

スラッガーとして将来を嘱望されていましたが、下級生時から相次ぐ故障に見舞われるなどケガがちだったこともあり思うように活躍できず。2年のセンバツでは4番に座るもヒット1本に終わっています。それでも素質を評価されてプロ入りを果たしますが、5年間のプロ生活で一軍の舞台を踏むことはありませんでした。

前田健太以来4年ぶりに現役高校生としてプロ入りした両者ですが、PLから高卒で直接プロ入りを果たしたのもこの2名が最後となりました。

チームの伝統?勝負強さがウリ

現時点で残念ながらプロ入りした”最後のPL戦士”となりそうなのが中川圭太です。高校1年の秋に5番・ファーストに定着すると、4本塁打(うち満塁弾2本)と早くも強打者としての片りんを見せます。

しかし、翌年2月に発覚した部内の暴力事件により春季大会、夏の府大会は出場辞退に追い込まれてしまいます。それでも2年秋には”主将兼4番”という重責を担い、4回戦では2本塁打を放つ活躍もあり準優勝。センバツ出場は逃し、最後の夏も府大会決勝までコマを進めますが、全国制覇した大阪桐蔭に敗れ甲子園とは無縁でした。

大学では1年からレギュラーポジションを獲得して通算101試合に出場。109安打を放ちベストナインを3度受賞したほか国際大会でも活躍。プロでも1年目から積極的に起用され、PLの伝統である勝負強さと持ち前のパンチ力を武器にチームでは欠かせない存在に。唯一のPL戦士として、現在も活躍し続けています。

事実上の廃部状態に…

PL学園野球部は前述の暴力事件により専任の監督が不在となり復活のメドが立たず、2014年の秋に翌年度からの新入部員の募集を停止すると発表。2016年の夏の府大会では12名のチームで臨むも初戦で敗退し、この試合を最後に休部となりました。高野連からも脱退し、事実上の廃部状態となっています…。

ようやく全選手の寸評をまとめ切ることができました。さすが一時代を築いた学校だけに、本当に名選手、好選手ぞろいでしたね。次回は番外編として、ここで書ききれなかったことについて記そうかと思っています。

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