文徳高校文芸部大喜利研究会――走ってみたら走れました
⸻
部室。昼下がり。
窓から入る冬の光が、
古い机の上に斜めに伸びている。
暖房は弱く、
どこか少し寒い。
部室のパソコンから、
箱根駅伝の中継が小さな音量で流れている。

実況の声は遠く、
選手の足音だけが、かすかに聞こえる。
心春は机に向かい、
本を読んでいる。
ページをめくる音だけが、やけに大きい。
そこへ、
つむぎが自販機の袋をガサッと置く。
⸻
つむぎ
「はい、休憩」
コーヒー缶を差し出す。
心春
「……ありがとうございます」
心春は顔を上げないまま、
片手を伸ばす。
——缶の感触がない。
心春の手にあるのは、
机の端に置かれていた小さなミニ門松。

つむぎ
「……」
つむぎ
「間違わんやろ」
心春
(門松を見て、一拍。
小さく微笑んで)
心春
「……そうですね」
「どうしたのかな」
心春
「受け取った“つもり”に
なることは、あります」
つむぎ
「いや、これはないって」
心春
「でも」
つむぎ
「何」
心春
「今のは、
“受け取る側”の問題です」
つむぎ
「めっちゃ嫌な言い方するやん」
その瞬間、
パソコンから実況の声が少しだけはっきりする。
実況
「――タスキがいま、確実に渡りました!」

つむぎ
「今日のお題、何やったっけ」
心春
(画面を見たまま)
「こんな箱根駅伝は嫌だ」
⸻
つむぎ
「いつまで門松持ってんの?」
心春
「一度間違えると、
その間違いになかなか気づきません」
つむぎ
「何やそれ」
⸻
🏃1区(心春)
心春
「健康のためにジョギングを始めたら、
ある日、タスキが託された」

「気持ちよく走って帰宅したら、
テーブルにタスキがある」
つむぎ
「いや、転生ものの語り出し!」
「なんか始まってるなあ」
⸻
🏃2区(つむぎ)
つむぎ
「タスキでなく数珠」
「どのように持つか分からず、
中継所が凍っている」

心春
「……ブレスレットか、
アンクレット方式で」
つむぎ
「それはそうなんだけど」
⸻
🏃3区(つむぎ)
つむぎ
「潔癖症でタスキNG」
「先輩! ちょっと待って!!」
「今、頑張って受け取りますから!」

心春
「……駅伝種目の宿命ですね」
つむぎ
「そんな大層なもんちゃう!」
⸻
🏃4区(心春)
心春
「選手みんなで電車に乗りながら、ワイワイ移動」
「だけど、タイムは区間新」

つむぎ
「電車に乗ってるからね!」
⸻
🏃5区(心春)
心春
「山で寒いからですかね」
「中継所で、豚汁が盛大に振る舞われる」

「――もう選手と観客、ぐっちゃぐちゃ」
「タスキを受け取ったと思ったら、
おばあちゃんのカバンだった」
つむぎ
「間違いすぎやろ!」
⸻
🏃6区(心春)
心春
「タスキを渡しても、
前の選手がずっと伴走してくる」
「……熱い友情ですね」

つむぎ
「あ、ちゃうちゃう」
「ただのストーカー」
心春
「身も蓋もありません」
⸻
🏃7区(つむぎ)
つむぎ
「前の区間の先輩が、
タスキ渡しのときに
『あ、ごめん、屁こいた。
臭ない?』
と告白してきた」
「気になって走れない」

「先輩は、謝ってるけど
ニヤニヤしている」
心春
「……“どさくさにまぎれて”ですね」
⸻
🏃8区(心春)
心春
「ふとタスキを見ると、
違う大学のタスキだった」
「汗だくで、
叫んでいる」

「……5区のときに、
違う大学から渡されたんでしょう」
つむぎ
「そんなんで納得するか!」
⸻
🏃9区(心春)
心春
「何区間走っても、自分の大学がいない」
「愕然と、立ち尽くす選手」

つむぎ
「何?これ」
心春
「違う大学のタスキで、
仲間たちは走ってるからですよ」
つむぎ
「え? え!」
「なんか伏線回収しとるやけど‼️」
「だとしても、気持ち悪いねん!」
心春
「……よく見てください」
「おばあちゃんのカバン、
持ったままです」
⸻
🎍——大喜利終了——🎍
つむぎは、
パソコン画面を見たまま首をかしげている。

つむぎ
「……何? 今の」
「大喜利やんな?」
「ホラーでもSFでもないよな?」
心春
「はい」
「ただ、順番が少し混ざっただけです」
つむぎ
「一番怖い言い方やめて」
心春は、ノートを開く。
⸻
⸻
心春
「仮に、5区のA大学の選手を
井上恒一くんとしますね」
つむぎ
「実名ついた」
心春
「彼は、タスキを受け取った“つもり”で、
走り出しました」

つむぎ
「……つもり?」
心春
「はい。実際に持っていたのは、
おばあちゃんのカバンです」
つむぎ
「最初の間違いがデカすぎる」
心春
「その間に、本来A大学に渡るはずだったタスキは、
B大学に渡ってしまった」
つむぎ
「ああ……だから」

心春
「はい」
「6区の選手は
『うちのタスキじゃない』と叫びながら
追いかけてきたのは、
取り戻そうとしていただけです」
つむぎ
「無茶苦茶やん」
⸻
心春
「結果として、
A大学のタスキはB大学がリレーし、
B大学のタスキをA大学がリレーしている」
つむぎ
「んなあほな」
心春
「A大学の選手も気づきます」
「……自分が持っているのが、
B大学のタスキだと」

「5区のときに、
B大学の選手から渡されたんでしょう」
つむぎ
「はよ気付けよ!」
心春
「一度間違えると、
その間違いになかなか気づきません」
つむぎ
「さっき言うてたな」
⸻
心春
「そして井上恒一くんだけが、
どの大学のリレーにも属していない」

つむぎ
「カバンやからな」
心春
「はい」
⸻
少し間。
つむぎ
「……いやいやいや」
「ただのバカじゃん‼️」
心春
「そうですね」
⸻
つむぎ
「……心春さ、最初から計算してたん?」
心春は、
ノートを閉じながら首をかしげる。
心春
「さあ、どうでしょう」
つむぎ
「いや、絶対やろ」
「途中から、話が“走り出した”感じしてたもん」
心春
「走り出した、というより」
「並べてみたら、走っていました」
つむぎ
「言い方が一番怖いねん」
少し間。
つむぎ
「……やられたわ」
「とんでもないやつやな」
心春
「大喜利ですから」
つむぎ
「いや、大喜利の顔して
ミステリーやってたやん」
心春
「駅伝ですから」
つむぎ
「万能すぎるな、その言葉」
二人、少しだけ笑う。
⸻
つむぎ
「でもさ」
「井上くん、かばん返したんかな?」
「言うたらドロボーやで?」
心春
「ちゃんとおばあちゃんに返しています」

つむぎ
「……よかったんかな」
心春
「はい、きっと…」
⸻
つむぎ
「ほんま、嫌な箱根駅伝やな」
心春
「はい」
⸻
(フェードアウト)
⸻
文徳高校文芸部大喜利研究会
――走ってみたら走れました
おわり
⸻
👇
🏃10区(心春)
心春
「『風が吹いている
僕はここで生きていく』と歌いながら、
走る井上くん」
「周りの他大学の選手が、
泣いている」

つむぎ
「……1人で箱根駅伝走ってもうたな…」
