第四話「サウイフモノニワタシハナリタイ」前編
🌸教室に空いた穴

心春
「文化祭が終わって、もう一週間。
いつもの教室に、いつもの日常が戻ってきた。
──授業中、先生に即座にツッコむ。
休み時間には教卓に立って、勝手に漫談を始めてしまう白井さん。
それが、私の知っている“本来の彼女”」
(カット切り替え。今の教室。窓際に座るつむぎ。ノートをぼんやり見つめ、突っ込みも笑いもない)
心春
「……けれど、今は違う。
授業も黙ったまま。休み時間も机に突っ伏したまま。
笑いを武器にしていた人が、その笑いを封じている」
心春、つむぎの横顔を盗み見る。胸が詰まりそう。
休み時間。教室のざわめきの中、心春がおそるおそる声をかける。
心春
「……白井さん。」
(つむぎ、机に突っ伏したまま片手をひらひら)
つむぎ(力の抜けた声で)
「あ〜……ただ今、閉店ガラガラ〜。……今日はもう、ネタ切れや。」
その声は笑いにならず、ただの自虐に聞こえた。
周囲では雑談と笑い声が絶えない。
けれど、白井さんの机のまわりだけ冷え切っている。
その空虚さに触れた瞬間、私は声を出すことさえできなかった。
心春(心の声)
「……なんとかしなくちゃ。」
小さなつぶやきは、ざわめきにかき消され、誰の耳にも届かなかった。
🌸 LV1のパルプンテ賢者

(放課後の文芸部。夕日が差し込み、机に心春ひとり)
──心春の胸に、あの日の声がよみがえる。
高梁の声(リフレイン)
「……自分にしかできんことを、探すんや。」
心春
「……私の、出来ることか。」
目の前の机。白井さんと何度も言葉を交わした場所。
乱雑に積まれた本の中から、緑のノートが目に留まる。
表紙には「文字と笑いの地平線」の文字。
指でなぞりながら、私はつぶやいた。
「……そうか、このノートだ。」
(ノートを開く。文化祭の漫談台本。ページをめくるたびに、あの時の笑い声が甦る)
心春
「──あのとき、確かに笑いが生まれた。
白井さんの声と、私の言葉が、初めて重なった瞬間。」
(研究ノートを手に取り、走り書きをなぞる)
心春
「オズワルド畠中さんを蓮見先生に例えたり。
冷蔵庫を開けて祈ったり。
カレーの作り方から『そして誰もいなくなった』を連想したり。
棺桶に図書館カードを入れたいと本気で思ったり。」
(自嘲気味に笑みがこぼれる)
心春
「どれも真剣に考えたのに、どう見てもズレてる。
でも──白井さんのツッコミがあったから、それは“笑い”になった。」
(ページを閉じかけて、ふと指が止まる。「LV1のパルプンテ賢者」の文字)
心春(小さく)
「……LV1のパルプンテ賢者。」
(胸の奥で、その言葉を反芻する)
心春
「初心者なのに、呪文を使える素養はある。
でも、出てくる呪文は意味不明で、自分でもコントロールできない。
だから、私はズレてばかり。
けれど──そのズレに白井さんがツッコミを入れてくれた時、
初めて“笑い”に変わった。
……そうだ。もう、白井さんが教えてくれてたんだ。
私のズレは欠点じゃなく、武器になるって。」
(ノートを胸に抱きしめる。夕日が横顔を照らす)
心春
「これが、私にしかできないこと。
……私の強み。」
🌸 陽を灯す文学

(放課後の図書室。静かな空気の中、本棚をゆっくり歩く心春。指が背表紙をなぞる)
心春
「──吉本ばななの『キッチン』。
“神様、どうか、生きていけますように”
あの一節に出会ったとき、私は“言葉の城”の奥で立ち尽くしていた。
でも……白井さんがいてくれたから、
その祈りは私を日の当たる場所に連れ出してくれた。」
(心春の歩みが止まる。文学棚に視線が吸い寄せられる)
心春
「──『最後の一葉』。
私は命のバトンを渡したつもりだった。
でも、それを形にして、魂を揺さぶってくれたのは白井さんだった。」
(心春、深く息を吸い、拳を握る)
心春(小さく、でも確かな声で)
「……今度は、私が白井さんを舞台に連れ戻すんだ。」
(文学棚の前で手を伸ばす。指が「宮沢賢治全集」の背表紙に触れる)
(取り出し、ページをめくる。夕日の光に照らされた文字を追い、息を呑む)
心春(ささやくように)
「……素朴なのに、祈りのよう。
“生きたい”という願いが、命そのものを照らしている……。」
(本を胸に抱きしめ、顔がぱっと明るくなる)
心春
「この祈りなら、真面目な声のままで届けられる。
文学の光を白井さんに託し、笑いに変えてもらう。
──それこそが、私だけの役割。」
(図書室の静けさに、窓の外から放課後のチャイムが響く)
心春
「──そうだ。
文学の祈りを、白井さんの笑いと重ねて。
あの舞台に、もう一度光を灯すんだ。」
(本を胸に抱きしめたまま、ゆっくりと目を閉じる。夕日の粒子が舞い、心春の横顔を照らす)
心春
「ここから、私の物語が始まる。」
第四話前編終わり
