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天の道~真実の行方8話

     フラッシュバック①

妊娠中毒症の母親からカイザー(帝王切開)によってたった今
生まれたばかりの赤ちゃんは、オペ室から戻ると同時に
NICU(新生児集中治療室)のクベース(保育器)管理とされた。

小児科医の居ない形ばかりとも云えるNICUで
付きっ切りで処置をして施しているのは、まだ、オペ室で
母親のオペを執刀中の身動きの取れない小早川に代わり
この病棟の師長であり助産師兼の海江田由紀子だった。

師長、助産師という立場上、必然的に小早川と接する機会が多く
その心理を分からなくもないが……
この海江田師長も又、スタッフのストレスを高める
要因となっていた人物だった。

師長自身、小早川の言動には人一倍敏感になっており
何かトラブルが発生する度に我が身を案じ、周囲も目に入らず
顔をクシャクシャにして泣き喚くという、その時の様は
まるでパニック障害を起こしているとしか思えないものだった。

極端にミスを恐れ、小早川の顔色ばかりを伺っているような師長には
上司(小早川)に対する日頃の不平・不満を意見として持って行った所で
所詮、取り上げては貰えず却下されるのは目に見えている。
その観点からスタッフ間では縁遠い存在となり、溝は次第に埋まっていった
しかし、、この人も知らず知らずの内に徐々に……
心を病んでしまった犠牲者のひとり……かも知れない。

NICUが手間取っている様子を心配したナース達が次々に
中に入って行ったきり戻って来なくなった。
見る限り状態の悪そうな患者である赤ちゃんに、診断に結び付く適切な検査指示をくれる医者もなく酸素をあてがうしか、なす術はないままに時間だけが経過していたのだった。

新生児の扱いを不得手とする小早川にとって、問題のあるクランケであることだけは間違いない。
だが、オペ後に立ち寄った小早川は、普段の健常児と同じ診察のみ済ませ
就業時刻に合わせて帰ってしまっていた。

ナースの間から専門科へ搬送した方が良い、という意見が囁かれたが
海江田師長は動かなかった。
小早川の〝前に出る事は許れない”とする抑圧された環境はついに
肝心な時にまでブレーキをかけてしまうという
悪影響を及ぼしていたのである。

チアノーゼがあり、四肢運動も鈍く、泣き声も弱々しいクランケは
SpO2(酸素飽和度)90%まで上昇したが、それは回復を意味するものではなく、唯一の処置法としてO2を送り続けた結果一時的な、或いは、瞬間的な数値だったとも捉えられるが、その時点で、当日夜勤者の小川由美と伊藤安奈に引き継がれ、今夜は師長が補助する形での夜勤帯となった。

既に始まっている瞳の夢の世界……
どういう訳か、伊藤安奈と入れ替わってしまった瞳が
これから先も経験する。

フラッシュバックとは、過去の経緯を突然鮮やかに回想する心理現象である。過去に起こった記憶で、その記憶が無意識に思い出され、且つそれが
現実に起こっているかのような感覚が非常に激しい時に特に起こる。
夢が出現してくるルートが比較的解っているのは、浅い眠りのレム睡眠時であるが、フラッシュバック性の悪夢はノンレム睡眠時に起こる。

瞳は何故、フラッシュバックの現象を夢の中で体験してしまったのか。
それは……由美から聞かされた話の内容が、あまりにもおぞましく
聞きながら……耳を塞ぎたくなるような感情にさへ襲われた。
由美の口から何度も繰り返される【小早川】という名前を聞く度毎に
怒りの感情が……心底、恐ろしいと思う感情へと変わっていったのである。

現に話を聞き終えた後、身震いが止まらなかった程だ。
記憶には感情の要素もあるので、この時の感情がその日のうちに、フラッシュバック現象として現われ、自分が遭遇してしまったような悪夢をみてしまったのだった。

夢の中で心配そうな由美の顔があった。
「この子、大丈夫かしら?」
今日、産科側に当たっていた事を不運だと思っているに違いないような由美の顔。新人の由美にしてみれば重たい任務だろう。
でも、逃げていては一人前のナースにはなれない。
「頑張って……」
皆、そうやって沢山の経験を積んで独り立ちして行く。

しかし、今の状況は経験豊富な瞳でさへ、投げ出してしまいたくなる。
普通97~100%を正常値とするサーチュレーションを
90%になったからと引き継がされて、どうすれというのだろうか。
ルート1本取ってもらえず、頼るのは、ただ酸素だけという
状態はまだ続いていた。

この子の生命力に賭けるしかないような、お粗末な処置。
身動きを抑制されたお粗末な看護。
そして、この状況さへ把握出来ず指示も出さずに放っておく情けない医者。
由美は何度も報告を入れ、指示を仰いでいたが

その報告先は、急なヘルプで準備の為と一時帰宅している
海江田師長の下であった。
師長は、小早川医師による威圧的な態度の積み重ねによって
植え付けられた‶防御”という呪縛から、まだ、逃れられないでいた。








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