近くて遠い、奈良ホテル
池の向こうに立つ建物
浮見堂の奥、
池の向こうに、ひときわ端正な建物が立っている。
水面に映るその姿は、
奈良公園の風景に溶け込みながら、
どこか一線を引くように、
静かにそこに在り続けてきた。
明治の空気をまとった、
あの美しい建物。
奈良ホテルだ。
憧れの原風景
奈良で育った私にとって、
この建物は、
近くて遠い存在だった。
学生の頃、
私は何度となく、
池の向こうから奈良ホテルを眺めていた。
近づこうと思えば近づける。
けれど、なぜか足は止まる。
理由を言葉にすることはできなかったが、
あの明治風の建築に、
自然と憧れを抱いていたのだと思う。
奈良県民に共有された空気
奈良県民にとって、
奈良ホテルはやはり特別な存在だ。
天皇陛下が泊まられたことがある。
そんな話を、
本当か嘘かわからないまま、
どこかで聞いた記憶がある人も多いのではないだろうか。
確かな史実かどうかよりも、
「そういう場所なのだ」という空気が、
いつのまにか共有されている。
奈良といえば奈良ホテル。
そう言われると、
確かにそれ以外のホテルの名前は、
すぐには思い浮かばない。
この建物は、
宿泊施設というよりも、
奈良という土地の象徴として、
長い時間そこに立ってきたのだと思う。
外で身についた感覚と、泊まれない理由
社会人になり、
奈良を離れて働くようになると、
旅の感覚は少しずつ変わっていった。
奈良以外の土地であれば、
高いホテルに泊まることにも、
観光のためにホテルを選ぶことにも、
特別な抵抗はなくなっていた。
仕事で泊まり、
旅で泊まり、
それが当たり前になっていく。
けれど奈良に戻ると、
その感覚は不思議と元に戻ってしまう。
奈良ホテルの前に立つと、
今でも少し構えてしまう。
泊まる、となると、
やはりどこか気が引ける。
奈良県民だからなのか、
子どもの頃の記憶が、
まだ体のどこかに残っているからなのか。
ただ、
最近はこんなふうにも思うようになった。
泊まるのはまだ早いけれど、
食事に行くだけなら、
少しは自然に入れるかもしれない。
あるいは、
喫茶として、
コーヒーを飲みに立ち寄るくらいなら。
案内人としてなら
池の向こうから眺め続けてきた建物に、
ほんの一歩だけ近づく。
そのくらいの距離なら、
今の自分にも許せそうな気がする。
さらに、もう一つ、
よく考えることがある。
もし、
奈良に観光で訪れた誰かを案内する立場だったなら。
「ここが奈良ホテルです」と、
そう言って一緒に歩くのなら。
自分が主役ではなく、
誰かの旅を支える側としてなら、
構えずに中へ入れるのかもしれない。
案内するという役割を借りて、
この場所と向き合う。
そんな距離の取り方も、
きっとあるのだと思う。
距離が縮まる、そのときまで
いつか、
奈良を訪れた人を案内しながら,
食事や喫茶という形で、
奈良ホテルの中へ足を踏み入れる日が来たらいい。
それは、
憧れを手放す瞬間ではなく、
長い時間をかけて育ててきた距離が、
静かに縮まる瞬間なのだと思う。
それまでは、
私はきっと、
浮見堂の奥、池の向こうから、
あの明治風の建物を眺め続ける。
それでいい。
それが、今の私と奈良との関係なのだから。
Nara Hotel
Official Website
https://www.narahotel.co.jp/
