老婆の願い/悪徳政治家の最期
その男、黒岩は先生と呼ばれ、国の中枢で権勢を誇っておりました。 裏金、談合、当たり前。邪魔者は金と権力で黙らせては甘い汁を吸い続ける。まさに絵に描いたような悪徳政治家でございます。
ある雨の日でしたかな。 黒岩の豪奢な事務所に、みすぼらしい身なりの老婆が訪ねてきました。 新しいダムの建設で、先祖代々の土地が沈むのだと。どうか計画を考え直してほしいと、皺だらけの手を合わせて何度も頭を下げるのです。
黒岩は鼻で笑い、こう言い放ちました。
「国の発展のためだ。個人の感傷で邪魔をするな。」
そして、まるで汚い物でも払うかのように、秘書に命じて老婆を追い出させました。
その晩からです。 黒岩が高級料亭で喉を通す極上の酒が、まるで泥水のような味になったのは。 一口食べるたびに、口の中にじゃりじゃりと砂が広がるのです。
おかしいな、と思いながら屋敷に帰ると、誰もいないはずの廊下の隅に、濡れた足跡が点々と続いており、 そして、耳の奥で、か細い声が聞こえるのです。
「ワシの土地を…返せ…」
気のせいだ、疲れているのだと、黒岩は自分に言い聞かせました。 しかし、怪異は日に日にその影を濃くしていくのです。
愛人との逢瀬の最中、ふと鏡を見ると、そこに映っているのは自分ではなく、ずぶ濡れで痩せこけた老婆の顔。 大事な会議の資料を開けば、そこにはびっしりと「返せ、返せ、返せ」の文字。
眠れぬ夜が続くうち、あれほど権勢を誇った男の顔から血の気は失せ、目の下には死人のような深い隈が刻まれていきました。
そして、運命の日。 彼の政治生命を左右する、大事な党大会での演説です。 壇上に立った黒岩は、マイクに向かって高らかに喋り始めました。
しかし、彼の口から出たのは、用意された原稿の言葉ではありませんでした。
「ワシの…ワシの土地を…泥水が…じゃりじゃりと…返せ…返せ…」
会場は水を打ったように静まり返り、やがて大きなどよめきに変わりました。 黒岩は、壇上で虚空を見つめ、ただ同じ言葉を繰り返すばかりでした。
彼の政治生命は、その瞬間に終わりました。
数日後、黒岩は屋敷で冷たくなっているのが見つかりました。 死因は、溺死。 部屋には一滴の水もなかったにもかかわらず、彼の肺は、大量の泥水で満たされていたそうでございますよ…。
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