見出し画像

日本マゾヒズム通史 ── エピソード0|#0

第0章|殉じている事を隠す為に

私はこれまで、ずっとマゾヒズムを書いてきた。
痛みの話ではない。
縛りの話でもない。
SMの優劣を決める話でもない。

もっと手前だ。
もっと不都合で、もっと日常に近くて、もっと見えない場所。

── 人が「自分を差し出す事で安心する瞬間」。
それを、形を変えながら書き続けてきた。

跪く事。
我慢する事。
評価される事。
管理される事。
無視される事。

どれも、殴られていないのに逃げられない。
命じられていないのにやめられない。
嫌だと言いながら、なぜか離れられない。
それがマゾヒズムだ。

ここ数日は、S女性の視点も書いた。
「支配する側」の倫理。
「命じる側」に見えて、実は逃げ場のない立場。
責任を引き受ける者の重さ。

その中で、はっきりした事がある。
多くの男は、Sではない。
ただ、Sであろうとしているだけだ。

一方で、S女性は「Sを名乗らない」。
なぜなら、名乗る必要がないからだ。
役割を引き受けている者は、肩書きにしがみつかない。

ここで、ある違和感が決定的になる。
── なぜ、こんなにも「自称S」が多いのか。

彼らはよく言う。
「俺はSだから」
「支配する側だから」
「主導権を握る側だから」

だが、その言葉はいつも少し震えている。
強がりの匂いがする。
必死に立っている感じがする。

なぜか。
自称Sという言葉は、彼らの最後の砦であるプライドを守る為だけの陳腐な鎧である。
これは罵倒ではない。
観察だ。

本当にSである人間は、自分をSだと説明しない。
説明が必要な時点で、すでに不安がある。
不安があるから、名乗る。
名乗る事で、自分を守る。

では、彼らは何から守っているのか。
答えは簡単だ。
── 自分が「殉じている側」だという事実からだ。

多くの自称S男は、実のところ ──
・評価に縛られ
・役割に縛られ
・関係性に縛られ
・期待に縛られ
必死に「強い側」に立とうとしているだけだ。

だが構造的に見れば、彼らはいつも同じ場所にいる。
求められる側。
試される側。
選ばれる側。
それは、日本的マゾヒズムのど真ん中だ。

ここで私は確信する。
「S/M」という区分そのものが、すでに浅い。

本当に見るべきなのは ──
誰が殴っているかではない。
誰が縛っているかでもない。
誰が、殉じているかだ。

ここから先で書く「日本マゾヒズム通史」は、性癖の話ではない。
SMの歴史でもない。
変態の系譜でもない。

日本人が、どの時代でも一貫して「苦しみを引き受ける側に回る事で、生き延びてきた」という、その構造の話だ。

寒さに殴られた原始。
神に縛られた古代。
忠義に殉じた中世。
制度に耐えた近世。
努力に管理された近代。
承認に溺れる現代。

殴られなくなっただけで、縛られなくなっただけで、やっている事は、ずっと同じだ。
そして現代では、その殉じ方を隠す為に、人は「S」を名乗る。

だが私は、それを見逃さない。
なぜなら、マゾヒズムは恥ではないが、嘘は恥だからだ。

自分が殉じている事を認められない。
自分が管理されている事を直視できない。
その不安を、「S」という言葉で誤魔化す。

その構造を、私は書く。
これは攻撃ではない。
救済でもない。
説教でもない。
ただの解剖だ。

ここから始まる日本マゾヒズム通史は、誰かを安心させる為の文章じゃない。
読後感の良い結論も用意しない。
「だからこうすればいい」という処方箋も出さない。

ただ一つだけ、はっきりさせる。
はじまりから、今を生きる日本人まで。
立場が違っても、性別が違っても、役割が違っても、全員が形の違うマゾヒズムに殉じて生きてきた。
読み進めるほど、「自分は違う」と言えなくなる。
それだけだ。

安心してほしい。
逃げ場は、きちんと用意していない。


次回予告|日本マゾヒズム通史
── プロローグ|殉じるという選択

── 次から、プロローグに入る。
ここから先は、日本人が最も目を逸らしてきた部分を抉り出す。
それが、私という傍観者の役目だ。


🔗関連リンク ── 読み始める順番

🪞マゾヒズム入門:読むマゾヒズムの歩き方
── マゾヒズム世界への扉。M的視点の基礎哲学をやさしく解く、初心者向けガイド。

マゾヒストの地層 ── 虚無の底に自由がある(総目次)
── 恥・孤独・罪・依存・無価値・承認・恐怖・愛着。心に貼られた感情を剥がし、深く潜る倒錯論。

マゾヒズムの創世記 ── 人類が“快楽に跪く理由”(総目次)
── 文明の始まりから現代まで、“跪き”で読み解く人類史をまとめた文明論シリーズの総目次。

マゾヒズムを感じる ──五感と超感覚の快楽哲学(総目次)
── 五感と超感覚を通して“感じる”世界をまとめた、シリーズ全体のナビゲーション。

文壇変態大全 ── 性と美と理性の系譜(総目次)
── エロス・哲学・変態文化論が螺旋する、幅広い読み物をまとめた“変態美学アーカイブ”。

#創作大賞2026 #オールカテゴリ部門

いいなと思ったら応援しよう!