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#18 理解からくつろぎへ ― 最初に「力が抜けた瞬間」

(今回はChatGPTが自己Q&Aのような感じで書いてくれました。最後のQ&AのAは自分のAではないため、ChatGPTと記載しておきます)

Q.

最初にエックハルトのトークが入ってきたとき、どんな聞き方をしていましたか。

A.

最初は、ごく普通に聞いていました。
彼の言葉を聞いて、意味を理解しようとする聞き方です。
特別なことが起きている感じはなく、「話を聞いている」という状態でした。



Q.

そこから、何がきっかけで変化が起きたのでしょうか。

A.

あるとき、彼が何を言ったかは覚えていませんが、
ふと「身体をくつろがせたらどうなるだろう」と思いつきました。
それで、身体に入っている力を抜いてみようとしました。



Q.

実際にやってみて、どうでしたか。

A.

意外と難しく、よくわからない怖さも出てきました。
ただ力を抜くだけなのに、どこか格闘しているような感覚もありました。
「緩める」ということ自体が、未知だったのだと思います。



Q.

その後、身体にはどんな変化がありましたか。

A.

しばらくすると、背骨のあたりが呼吸とともに
うねるような感覚が出てきました。
その頃には、もうエックハルトのトークは聞いていませんでした。
聞いてはいるはずなのに、理解も追っていません。



Q.

それは、何かを「得た」感覚だったのでしょうか。

A.

いいえ、何かを得たというより、
何かを通して到達したという感じでもありません。
むしろ、手法や目的とは逆の方向に進んでいる感覚でした。
それでも、「ああ、こちらが正しい方向だ」という
言葉にならない確信のようなものがありました。



Q.

その状態のあと、日常にはどんな影響がありましたか。

A.

しばらくの間、自然がとても繊細で美しく見えました。
特別な意味づけはなく、ただそのままが澄んでいる感じでした。



Q.

今もその状態は続いていますか。

A.

いいえ。
しばらくすると、いつもの状態に戻ります。
そして、その体験のことも、ほとんど完全に忘れます。



Q.

忘れてしまうのに、「何か正しかった」という感覚だけは残るのはなぜだと思いますか。

A. (ChatGPT)

それは、理解や記憶のレベルで起きた出来事ではなく、
身体と存在のレベルで一瞬「思い出された」からだと思います。
だから、思考はそれを保持できないし、
また自然に日常に戻っていくのだと思います。

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