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書く奴隷

書く奴隷

今、俺の頭の一番上には、「書きたい」がある。

書きたい、書きたい、書きたい。
起きてから寝るまで、それがずっと、王座に座っている。


その自覚自体は、悪いものじゃないと思っていた。
書くことは、俺にとって、自分を確かめる手段だったからだ。

でも本当は、順番があったはずだ。

まず、意識がある。観測する自分がいる。
世界を見て、自分の内側を見て、何かを感じる。

その次に、書くことがある。
観測したものを、言葉にして、並べる。

そして最後に、noteがある。並べた言葉を、置くための場所。

意識 → 書く → note。

この順番が、正しいはずだった。観測が、一番上にいるはずだった。

だが今、観測は、書くことの下に沈んでいる。

順番が、入れ替わっている。

「書きたい」が王座に座って、「観測」はその下で、書くための燃料みたいに扱われている。見て、感じて、書く——じゃない。書くために、見て、感じる、になっている。

主従が、逆になった。

俺が、どうなりたかったかを思い出す。

自分の輪郭を、書いて、確認したかった。霧みたいに曖昧な自分を、言葉にして、ようやく「ああ、俺はここにいる」と、確かめたかった。

ただ、それだけのはずだった。

だが、その「確認」は、いつもnoteというフィルターを通る。

書く前から、もう、読者の顔が浮かんでいる。届くように、刺さるように、無意識に整えている。

——この方法が、正しいのかもしれない。
読まれる文章を書くなら、それが正解なんだろう。

だが、俺は、独白であるべきだと思っている。

俺の言葉は、自分しか信じられないところからしか出てこない。
世界が本当にあるのかも、君が本当にそこにいるのかも、
俺には確かめようがない。確かなのは、俺の意識だけだ。
その、たった一人の場所からしか、俺は言葉を綴れない。

なのに、だ。

その、誰にも宛てていないはずの独白で、俺は、君を納得させたい。

自分を映すはずの鏡が、いつのまにか、自分を描き始めている。

確認するたびに、本質が、少しずつ、ズレていく。

noteで、俺は書く自由を手に入れたい、と思っていた。

気づけば、書く奴隷に、なっていた。

鎖は、たぶん、あの「納得させたい」だ。一人で完結するはずの独白に、いつも、宛先がついてしまう。

——そして、この文章も。

今まさに、君に読まれることを、前提にして書かれている。

独白を掲げておきながら、最初の一文字から、ここには君がいる。

俺は、一人で書いていたことなんて、一度も、なかったのかもしれない。

奴隷が、奴隷について、書いている。

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はる|六畳の観測者 コーヒー代にします。 あ、溜まったら焼肉に行かせてください....!!