数字を数える指先と、数えきれない「凪(なぎ)」
おはようございます。 卒業式の余韻が冷めやらぬまま、今日から新しい時間が動き出しました。
今、目の前で「簿記3級」の勉強を見守っています。 入学前までに合格するという目標に向かって、慣れない数字と格闘する、その真剣な眼差し。
簿記の世界は、あまりに明快です。 右と左が、一円の狂いもなく一致しなければならない。 貸借が一致した瞬間の、あの整う感覚は、ある種の心地よさすらあります。
でも、ふと思うんです。 私たちの心の中にある「帳簿」は、そんなに綺麗に整うものだろうか、と。
「愛しているのに、憎い」という矛盾した感情や、 「大切にしたいのに、傷つけてしまう」という不器用な振る舞い。 昨日の「1週間間違えた病院」のバツの悪さだって、心の帳簿にはどう記入していいか分かりません。
かつての私は、人生の損得勘定ばかりを気にして、一円の赤字も許さないように、正解の「返し」や「会話の技術」に必死になっていました。 でも、今の私は知っています。 心の海においては、あえて「損をしたまま手放す」ことでしか得られない、深い凪(なぎ)があることを。
「資産」や「負債」の概念を伝えながら、 「でもな、一番の資産は、どんな数字にも振り回されない『自分の心の主権』なんだよ」 そんな言葉が、喉元まで出かかって、そっとコーヒーと一緒に飲み込みました。
数字を合わせる技術は教えられても、心を整える術は、自分自身で深海に潜って見つけるしかない。
300円のコーヒーを片手に、電卓を叩く音をBGMにしながら。 私もまた、自分自身の「心の帳簿」を、誰の目も気にせず、ただ静かに眺めてみようと思います。
今日のあなたが、数字や効率に追いかけられず、自分だけの穏やかな海にいられますように。
