昭和の野球むかしばなし 第六話
聞いてませんけど
むかしむかし、あるところに、Nという監督がいました。チームを何度もリーグ優勝に導いた名将。規律を重んじ、鉄拳も辞さぬ厳しい指導でチームをまとめていました。
N監督のチームは、ある年のペナントレースで某球団と激しく優勝を争っていました。いつもY投手の剛速球にやられていたので、今日こそ目にもの見せてやる、とN監督は燃えていました。
けれど、優勝の行方を左右するこの大一番でも、Y投手の球はうなりをあげています。このままでは危ない。試合の終盤、N監督はベンチ前で円陣を組み、選手に強い口調で指示を与えました。
「いいか、Yの高めの球には手を出すな。あれはストライクに見えてもホップしてボールになる。絶対に見送れ。分かったか」
選手がうなずき、円陣は解かれました。
その回の先頭打者はH。初球、Yの剛速球が高めに来ました。Hはそれを指示通りに見送…らず空振りしました。2球目、3球目も同じような球に手を出して、あっという間に空振り三振。N監督は鬼のような形相になり、Hがベンチに戻るや否や平手打ちしました。
「わしが円陣で、高めはあれほど振るなと言ったのに、お前は一体、何を聞いていたんじゃぁ!」

パンパンやられるHを見て、他のナインは「かわいそうだな」とささやき合いました。その回の先頭打者は早めに打席に入る必要があるので、円陣が組まれても輪に加わらないのが野球界の通例です。Hが監督の指示を知るはずもなかったのです。
Hも内心では「聞いてませんけど」と思っていただろうけど、言い訳はしませんでした。あとでN監督がHに謝った形跡は…ありません。
