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短編小説『由良鬼』#青ブラ文学部


由良鬼

「由良さん、こちら~」
「夕霧~、どこだ~」

盃が回り、笑い声が座敷に満ちていた。
薄紅の布で目隠しをされた喜右衛門が、手探りで遊女らを追う。
呼ばれた名を頼りに相手を当てる、目隠し鬼――野分屋のわけやでは“由良鬼”と呼ばれる遊びだ。

その夜、夕霧は柔らかく笑い、声を返した。
だが次の瞬間――名を呼ばれた直後に、その姿は霧の中にふっと消えた。

野分屋の夕霧がいなくなったのは、そんな夜だった。
鬼役を務めていた喜右衛門は、翌朝には町方に引き立てられる。
裏口から、ひそやかに。
遊女を手にかけた疑い。証はなくとも、状況はすべてを物語っていた。

――三日後の朝。

ラビの工房では、さゆりが湯を沸かしていた。
髪を結い上げ、袖をまくった姿は娘のようだ。
だが、しらすが「ばあちゃん」と呼べば、不思議と違和感はない。

「湯、冷めとるよ。入れ替えとくわ」

ラビは頷いた。
作業台にはからくり人形。背板が外され、木屑が散らばっている。
しらすが虎面をかぶって飛び出し、ピーちゃんが「トラだい!」と追いかけた。

そのとき、戸口が開く。
裃姿の若侍――喜右衛門の弟が、深々と頭を下げて入ってきた。

「兄のことで、ご相談がございます」

ラビは湯呑を置き、眉をひそめる。

「修理か? 品はどこや」

「壊れた物はございません。ただ、兄の汚名を晴らしたく存じます」

「モノがなきゃ修理も解体もできへん。
 探り物は町方にでも頼みな」

若侍は懐から薄紅の布を取り出した。
由良鬼に使われた目隠し布だ。

「これが、その夜のものです。兄が鬼役を務めた……」

ラビは布を受け取らず、ちらと目をやっただけだった。

「布やろ。太物屋ふとものやに持ってけ。匂い嗅いで人の心読む商売はうちとちゃう」

そのとき、しらすがぴたりと止まった。
虎面の下で鼻をひくつかせている。

「じいちゃん、この布……あやかしのにおいがする」

「ヨーカイ!」とピーちゃんが叫ぶ。

さゆりが湯を注ぎながら言った。

「野分屋の染めやね。秋の色や。あの座敷は、風の鳴る夜だけ開くんよ」

ラビは目を細めた。
ただの布でも、名を呼ぶ遊びに使われたなら――何か結びがあるかもしれん。

昼過ぎ、町方の詰所。
ラビは修理を終えた提灯を抱えて現れた。
納め物を渡し、代金を受け取る。

ふと視線をやると、若侍がそこにいた。
ラビはニタリと笑い、牢の方へ歩き出す。

「ラビ殿! 困ります、そちらは――」
番の役人が慌てて立ちはだかる。

ラビは涼しい顔で手を振った。

「ええから、ええから。ちょっと顔見るだけや」

「なりません! 規則でございます」

ラビは片手をひらりと振り、にやりと笑った。

「かまへん、かまへん。人形見るんとおんなじや。
 ほつれとらんか確かめるだけやて」

役人は渋い顔をしたが、若侍が小さく口を開いた。

「もし兄に害なさぬのなら」

ラビは肩をすくめた。

「害すんやのうて、結び目ほどくだけや」

そう言い放ち、牢へと足を進めた。

ラビは牢の格子の前に立っていた。
喜右衛門は壁にもたれて座り、髪は乱れ、目は虚ろ。
虚ろな瞳の奥に、一瞬だけ助けを求める光が揺れた。

「お前さん、えらい面白い人相やの」

にやりと笑うラビに、喜右衛門は顔を上げない。
指先は何かを掴むように震えていた。

「夕霧いう遊女やったな。霧の夜に名を呼ばせた。おまえさん、あの子を呼んだんやな」

喜右衛門は口を開きかけて、言葉を失った。
ラビは風呂敷を抱え直し、格子から離れる。

「名がほどけかけとる。鬼が心に結び目つくっとるんや。
 お前さんの家か、生家か。鬼祀っとる祠、あるやろ」

ラビが牢から出てくると、若侍が詰所の脇で待っていた。
落ち着かぬ様子で立ち上がり、声を張る。

「兄に、いったい何をなさったのです」

心配と疑念がないまぜになった声音。

ラビは鼻で笑った。

「何もせんわ。せいぜい結び目の具合を見ただけや」

若侍はまだ疑わしげな目をしている。
ラビはふと問いかけた。

「お前さんの兄貴の家か、生家か。鬼を祀っとる祠、ないか?」

若侍ははっとして、言葉を探すように口を開いた。

「ございます。祖父の代から手をつけず、“鎮めの場所”と伝え聞いております」

ラビは頷く。

「案内せえ。人形も人の名も、結び目は裏に隠れてるもんや。
 昔、師匠によう叩き込まれたわ」

若侍はしばし黙ったのち、静かに立ち上がった。

「わかりました」

生家の裏手。
竹垣に囲まれた小さな祠。
苔むし、扉は朽ちかけていたが、空気は澄んでいた。
苔の湿った匂いが鼻をつき、冷えた風が頬をかすめる。

ラビは指先で扉をなぞり、冷たい木肌を確かめる。
水を吸った石のような感触だった。

「……これやな。鬼はな、呼ばれた名に居座るもんや。
 せやから祠がほどけんのや」

ぽつりと呟き、手を叩いた。

「鬼さんこちら、手の鳴る方へってな」

パン、パン。

音が空気を裂いた。
祠の奥から、見えぬ糸がほどけるように空気が震える。
牢にいたはずの喜右衛門が、その糸に引かれるようにこちらへ現れた。
髪は乱れ、目は虚ろ。だが足取りは確かだった。

ラビは口の端をつり上げる。

「やっぱりお前さん、面白い人相してるのう」

ニヤリと笑うラビに、若侍が息を呑んだ。

「兄さん……なぜ、ここに」

ラビが低く言う。

「呼べ。名を。鬼の力を削ぐんは、芯をほどくしかない」

若侍は震える声で呼んだ。

「兄さん……喜右衛門!」

祠は動かない。
風も鳴らない。

ラビが言い放つ。

「ちゃう。通り名やのうて、芯や。
 ほんまの名――いみなを呼べ」

若侍ははっとし、幼き日の兄の面影を胸に浮かべた。
竹馬に乗り、振り返って笑ったあの顔。
その名を、胸の奥で呼び直すように――

「政之!」

その瞬間、祠が軋んだ。
扉が崩れ、風が鳴る。
喜右衛門の虚ろな瞳の奥で、かすかな声が揺れた。
――夕霧が名を呼ぶ声に似ていた。
風に混じり、白粉と髪油の甘い匂いがかすかに漂った。
鬼は、名の芯をほどかれて消えた。

ラビは背を向け、歩き出しながらぼそりと呟く。

「出張は高うつくで。工房仕事やない、祠まで解いたら割増や。
 ……せやけど、名は直せても縁までは直されへん。そこは自分らで繕えや」

若侍は兄の肩をそっと支えた。
その歩みは縁を繕うように、ゆっくりと家路へ向かっていた。

庭先に散った萩の花びらが、小さな秋の気配をそっと伝えていた。


あとがき

青ブラ文学部のお題「小さな秋見つけた」に参加させていただきました。

まず最初に思い浮かんだのは、童謡「小さい秋見つけた」です。
誰もが一目でわかる秋ではなく、ほんの些細なことから秋を感じさせる歌。けれどあの少し物悲しいメロディを聞くと、僕には懐かしさよりもむしろどこか不気味に響いてしまいます。

――それならホラーにしてみよう。
そう思ったとき、歌詞に出てくる「目隠し鬼」が浮かびました。
もし、目隠しをしている間に、みんな消えてしまったら……?

当初は童謡をなぞる形で小さな怪談を書こうと考えていました。けれど「目隠し鬼」「神隠し」と連想がつながったところで、ふっと頭に浮かんだのがラビ。
やっぱりこの世界は、彼に解決させなければ話が締まらない(笑)。

ただ問題は、ラビは江戸時代のキャラクターで、童謡「小さい秋見つけた」は昭和の歌。どうにも時代が合わない。
そもそも江戸時代に目隠し鬼ってあったのか……?

そう思って調べてみると――出てきました、「由良鬼」。
なんて雅な響き!

由来を探すと、忠臣蔵の大星由良助が遊女たちと目隠し鬼をした場面から来ている、とか。出典はWikipediaしかなくて、ほんとかなぁ?と思いつつ(笑)、響きも世界観もラビに合っているから採用。

そこからは一気にイメージが広がりました。
遊郭の屋号は「〇〇楼」よりも「〇〇屋」の方が多かったという話を見て「野分屋」に。
遊女の名前は秋らしいものを探して「夕霧」に。

そうして調べ物をつまみ食いしながら書いていくと、気づけば「小さな秋見つけた」というフレーズ自体は一度も使っていない……(笑)。
でも最後に「庭先に散った萩の花びらが、小さな秋の気配をそっと伝えていた」と結んで、どうにかお題に寄せました。

まあ、山根さんも「皆さんの小さな秋を教えてください」と言っていたし、これはこれでセーフ!……ですよね?


ラビファミリーについて

今回の短編では、ラビの妻・さゆり、虎の面を被った孫のしらす、そしてインコのピーちゃんと、ファミリー勢ぞろいで登場させました。
前作「香りを喰らう神」ではラビ単独の出張編だったので、どうしても江戸を舞台にするなら全員出したいと思ったのです。

実は「解体師ラビ」というキャラクターは、もともと別の短編からスタートする予定で、その時点で家族の設定も作っていました。
なので今回ようやくお披露目できた感じです。

ちなみに孫のしらすは、配達界隈で有名なnote作者・しらすさんがモデルになっています。
モデルとなったしらすさんの思い出話は、またおいおい書いていければと思います。


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そして「コメント」であなたの“見つけた小さな秋”を教えていただけると、とても嬉しいです。

連載中の『配達員ろること2号』では、江戸ではなく現代の路地をバイクで駆け回る物語を書いています。
こちらもぜひ併せてご覧ください。

Xは、フードデリバリーの小ネタ、創作中の短編や連載の話、さらにAIイラストも投稿しています。
ラビやしらす、ピーちゃんの裏話に近いものも出るかもしれません。遊びに来てくださいね。


※本作はフィクションです。

登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。また、一部の描写は実在するX(旧Twitter)ユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。

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