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【短編読切】チャント

バックスタンド、Q列の23番。

入場列で、チケットの数字を何度も確かめた。二十年、俺の席には番号がなかった。ゴール裏の最前列、金網のすぐ前。チケットに書いてあるのは、ホーム自由席の六文字だけでよかった。

手ぶらでスタジアムに来たのは、初めてかもしれない。太鼓がない。バチがない。トラメガも、コール表の束もない。ゲートで両手を広げる持ち物検査が、一瞬で終わった。

コンコースの階段を上がると、ピッチが見えた。緑が、思っていたより遠い。

シートに座る。隣には小さな男の子が、父親と並んで座っている。その向こうの老夫婦は、ひざ掛けを分け合っている。誰も立っていない。まだ誰も、歌っていない。

三日前、鼻から入った細いカメラが、喉の奥まで降りていった。あ、と言ってください。言われたとおりにすると、掠れた音が出た。

医者がモニターを指した。白黒の画像の中で、俺の声帯は、閉じきるのをやめていた。

「できたばかりの、柔らかい結節ではありませんよ」

医者は、咎める口調ではなかった。

「二十年かけて、同じ場所に負担をかけ続けています。普通に話すのは構いません。怒鳴るのと、歌うのは駄目です。まず三ヶ月。途中で声帯を見て、声を戻していいか判断します」

二十年。問診票に俺が書いた数字だ。それが喉の写真と一致するのを、他人の声で聞いた。

ピッチの緑を見たまま、掌が膝の上で行き場をなくしている。

いつもなら、倉庫から太鼓を出している時間だ。革を掌で二度叩いて、張りを確かめる。十一月の革は乾いて締まって、音が硬くなる。よく鳴る。よく鳴る日に限って、うちは勝てない。

ピッチの向こうに、ゴール裏が見える。幕はもう張られていた。太鼓も、俺が教えたとおりの位置にある。

今日は最終節で、勝てば残留が決まる。

横から観るピッチは、広かった。

選手入場のアナウンスが、名前をひとつずつ読み上げていく。反響で滲んで、二重に聞こえる。ピッチの向こうで、ゴール裏が立ち上がるのが見えた。臙脂えんじ色が、壁になる。

太鼓が四つ、鳴った。

入りの合図の四つ打ち。二十年、変わらない。叩いているのは、俺の知らない若手だ。バチの入りが浅くて、音の芯が少し散る。それでも革はよく鳴っている。今日は、乾いているから。

トラメガの声が立った。悠太だ。柵の上に立って、片手で拡声器を持ち上げている。足の幅が、俺より広い。

歌い出しは、コールリーダーの仕事だ。最初の一小節を、一人で歌う。音の高さを置いて、速さを決める。二小節目から、ゴール裏がそこに乗ってくる。

二十年、あれは俺の声だった。

悠太の声は俺より高く、よく通る。置いた音も、俺の置き場所より半音高い。八千人が、その高さに続いた。揃いきらない端のほうも、あとから乗ってくる声も、まとめて歌になっていく。

歌が、ピッチの幅のぶんだけ遅れて届く。出す側にいた二十年、知らなかった。歌は、胸の骨に遅れて当たる。

一曲目は俺の歌ではない。海の向こうの古いチャントに、俺より前の誰かが、クラブの名前を乗せた歌だ。二十年で、俺は十七曲作った。節から作ったのは三つ。あとは借り物のメロディに、言葉を乗せた。

俺の歌は、まだ鳴っていない。

キックオフの笛が鳴った。

歌は、俺がいなくても始まった。

キックオフ直後、最初の歌が来た。

俺が最初に作った歌だ。二十年前。節は借り物で、古い港の労働歌だと教わったが、本当のところは知らない。そこに言葉を乗せた。負けている時に歌う歌が、うちにはなかったからだ。

いまは、キックオフの直後に歌うことになっている。いつからそうなったのかは、覚えていない。

あの頃、ゴール裏は三十人だった。

スタジアム全体で三千人。太鼓も声も、俺一人でやっていた。トラメガはなかった。三十人なら、地声で足りた。一試合叩くと、バチを握る手の皮がどこかしら破れた。テーピングを巻いて、その上から握った。

最初にあの歌を歌った夜は、0対3で負けていた。歌ったのは、三十人のうち十人もいなかった。次の試合で二十人になった。シーズンが終わる頃には、負けるたびに全員が歌っていた。勝つための歌じゃない。負けたまま帰らないための歌だ。

あの頃のゴール裏に屋根はなくて、雨の日は革が湿気って、音が沈んだ。沈んだ音の上で歌うのは、存外わるくなかった。

三十人が八千人になるまで、二十年かかった。いま、その歌を八千人が歌っている。歌だけが、あの頃のままだ。

ピッチでは、うちの10番がボールを触るたび、歌の音量がひとつ上がる。悠太が曲を替える。替え際に、太鼓が二つ入る。あの繋ぎも俺が作った。誰も、繋ぎが作られたものだとは思っていない。

前半34分、10番が抜け出した。

スタンドが腰を浮かせる。シュートは枠の上に外れた。八千のため息が、いちどきに落ちる。

その切れ目に、悠太が歌を入れた。俺の歌だ。節から作った、三つのうちの一つ。ため息の裏を、太鼓が繋いでいく。

あの節は、終電の帰り道に来た。

残業の夜だった。改札を出て、誰もいない商店街を歩いているとき、口の中で知らない鼻歌が回っていた。どこで聴いた節でもなかった。家に着くまで忘れないように何度も繰り返して、玄関で携帯に吹き込んだ。翌週、ファミレスで仲間に聴かせた。五人で小声で歌った。行けそうだな、と誰かが言った。それだけだった。

クラブの名前を呼ぶ最後の一節で、音は一度沈む。半音下げて、それから跳ぶ。谷を掘ってから跳ばせると、声が揃う。三十人の頃に覚えたやり方だ。

隣で、子どもが父親の口元を見上げている。父親が、口の中で俺の歌を歌っている。

前半が終わった。0対0。

俺の名前は、どの歌にも書いていない。

ハーフタイム。

歌が止んで、スピーカーの音楽が場内を満たす。大型ビジョンの右下に、曲名と歌い手の名前が出ている。名前は四分半で消えて、次の名前に替わった。

コーヒーはいかがですかの声が、通路の階段を上っていく。ゴール裏では、みんな座り込んで水を飲んでいる。悠太はトラメガを膝に置いて、太鼓の若手と何か話して、笑っている。最終節のハーフタイムに、あんなふうに笑えたことが俺にあっただろうか。

隣の子どもが、売り子を呼び止めた父親から、紙コップのココアを受け取った。両手で持って、口をつける前にひと息吹いた。首に巻いたタオルマフラーは真新しい臙脂で、端のフリンジがまだ硬い。初めてのスタジアムなのだろう。前半のあいだ、この子はピッチと同じくらい、ゴール裏を見ていた。

「ねえ、あの歌、なんて言ってるの」

子どもが訊いて、父親が口伝えで歌詞を教えている。

言葉は、そうやって渡せる。

選手がピッチに戻ってくる。子どもがココアを父親に預けて、タオルマフラーを巻き直した。

後半9分に、失点した。

コーナーキックからだった。ニアで誰かが触って、ボールはゆっくり入った。スタジアムが、一拍、音を失う。八千人の沈黙は、三千人の沈黙より深い。

沈黙の底から、太鼓が起き上がった。

悠太の声が、次の歌を置く。最初の歌だ。負けている時の歌。二十年前、三十人のために作った歌を、八千人が歌い出す。

昔は、もう一曲あった。

ビハインドの時にだけ歌う、9番の歌だ。9番がボールを持つと、スタジアムの温度が一度上がった。ひっくり返した試合を、いくつも覚えている。五年前の夏、9番はJ1のクラブへ移籍した。歌は、その週に歌えなくなった。誰かが禁止したわけじゃない。歌う相手が、いなくなっただけだ。名前を差し替えて使い回す手も、ないわけじゃなかった。誰も、言い出さなかった。

歌は、死ぬ。作った人間より先に、死ぬこともある。

時計が進む。後半も半ばを過ぎて、うちがボールを持つ時間が増えた。ゴール裏が、歌を上げていく。俺の歌だ。クラブの名前を呼ぶ、あの歌。

隣で、子どもが歌っていた。

覚えたての言葉を、半分だけ乗せて。八千人の歌はピッチの幅のぶん遅れて届くのに、この声だけは、遅れずに届く。

節が、違った。

最後の一節。クラブの名前の前で、音は谷を掘らずに、まっすぐ上がっていった。覚え違いだ、と思った。今日初めて聴いた子どもだ。それから、耳が勝手に周りを拾った。

父親も、まっすぐ上がっていた。後ろの席も。ピッチの向こうの臙脂の壁も、谷を掘らずに跳んでいた。

覚え違いをしているのは、俺の方だった。

いつからだ。

分からなかった。今日の前半だって、聴いていたはずだ。耳が、記憶の節で上書きしていた。出す側にいた二十年、俺はトラメガの内側で、自分の声だけを聴いていたのかもしれない。原型はいまも、十九年前の携帯の中にある。引き出しの奥で、誰も聴いていない録音だ。

歌詞なら、変えたことがある。三年前、遠征のファミレスで話し合って、一語だけ差し替えた。あれは、決めた変更だ。議事録も残っている。

この節は、誰も決めていない。

八千人が、二十年かけて、少しずつ変えた。誰のせいでもなく、誰の手柄でもなく、間違いですら、なく。

喉の奥が、動いた。谷を掘るやり方を、大声で教え返したくなった。息を吸って、口の形まで作った。歌の一節ぶんの息が、行き場をなくして、鼻から抜けた。白黒の画像の中で閉じきらない声帯を思い出して、俺は口を閉じた。

バチを持たない掌が、膝を二度叩いた。

第4の審判が、電光の板を掲げた。

4。

四分の追加時間。スコアは動いていない。動いていないまま、ゴール裏が歌を替えた。

知らない歌だった。

俺の十七曲の、どれでもない。初めて聴く節が、臙脂の壁の中心から立ち上がって、揃いきらないまま、手拍子に支えられて、少しずつ形になっていく。歌えているのは、真ん中の百人だけだ。生まれたての歌は、いつもそうだ。

三十人の頃の、あの歌と同じ大きさだった。

悠太の歌だ。十八曲目。声がおかしくなってから、ファミレスの集まりを二度、断っていた。そのあいだに生まれた歌だ。俺の曲じゃない。いつか俺の十七曲のいくつかは、この歌に場所を譲って消えていく。そういう権利ごとの、引き継ぎだった。

笛が鳴った。長く、三度。

歌は、止まらなかった。

ビジョンが他会場の結果を映していたが、見なかった。

選手たちが、うつむいてゴール裏へ歩いていく。頭を下げる選手たちを、歌が受け止める。新しい歌が終わると、最初の歌に戻った。負けたまま帰らないための歌だ。こういう夜のために作った歌が、二十年目の今夜も、仕事をしている。

隣の子どもは、場内とは別の歌を口ずさんでいた。クラブの名前を呼ぶ、あの歌だ。谷のない、まっすぐの節で。

歌は、俺を覚えていない。

覚えていたら、まだ谷を掘って跳んでいる。

掌が、膝の上で静かになっていた。

人の流れが、出口へ動き出す。立ち上がって、最後にもう一度だけゴール裏を見た。壁は崩れないまま、まだ歌い続けている。

階段を降りながら、口の中で、新しい節をなぞった。覚えやすい節だ。俺の癖が、どこにもない。

声には、しなかった。

三ヶ月ある。覚えるには、足りる。

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音影【音楽小説家】 人とAIの境界で物語を紡ぐ旅にお付き合いいただきありがとう。私の言葉があなたの心に響いたなら、チップが創作の新たな種となります。共に想像の先へ。

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