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はぐれにっき 生きていくことの難しさ

最近あった一連の出来事を1つ皮切りに、糸が切れた気がした。
生きている意味
学生期間を延ばそうと思った意味
家を出た意味
カンボジアにいる意味
海外にいる意味
旅をする意味
考える意味
学ぶ意味
アーティストになる意味
言葉に縛られる・こだわる意味
人格の意味
贅沢の意味
生まれ持った場所によって変動する価値の生まれ方
自分の価値
今の世界市場価格
今までで一番心が動いた瞬間の記憶
そんなことをつらつらつらと考える1週間を送った後、息が抜けたように飛行機に乗っていた。
息抜き、というのはこういうことをいうものなのか。
違うかもしれないが。

色々と考えてばかりいた。
何も考えていない人も、何かを一生懸命に考える人とちがうのに、かわらない。
生み出す何かを考えているのに、何もしていないとみられる。
それは仕方ない。目に見える何かが現れているわけではない。
しかしそれが何だかもどかしく、悲しい。
だからこそ、考えていること、誰かが考えたことがやっと目に映る何かになったとき、それが大きく誰かの目にとどまらなかったとしても、確かに誰か1人の心に刺さるものであってほしいと思う。

何のためにご飯を買ったりつくったりして、生きながらえているのか
何のために生活費を払ってまで生きる場所を変えたのか
何のために生きているのか
言葉通り私はただ「ぶっとんだ体験」がしたかっただけなのかもしれない。
人からの興味が欲しかっただけなのかもしれない。

ただ、何もしなければよかったのかもしれない。
最低限の生活さえできれば体に関しては十分である。
寝っ転がってゲームをしていても、物理的に生きてはいける。
YouTubeを一生見ていたとしても、生きていれば誰に何を言われようがそれも立派な一生である。
それなのになぜ、さらに他のことも求め、私たちは生きていくのか。
欲求の意味とかなんだとか、考えても仕方のないことではあるんだけど、でも、それでも、生きたいと思ったり時には義務感に縋り、生きながらえていることに変わりはない。
人生を余暇活動、ととらえるのであれば、欲というのはちょうどいい暇つぶしなんだなあと、ぼんやりとそんなことを考える。
きっと総じて、私はキャパがまだまだ狭いんだろうな。
場所が安定しないと、心も安定しないんだろうか。
まあ場所よりもやることとかアイデンティティでしょ、と私は思うけれど。

最近の目標は、泰然自若にふるまうこと。
難しいことではあるが、心を穏やかに、ゆったりとした構えで日常を送っていく姿勢のこと。
普段カンボジアという場所にいるためか、1つ1つ課題をこなしていく作業の中では気付くことができなかったけれど、問題解決に向けあくせくする日常は、やはり新鮮。情報量も多い。
それでいて日本に帰ってくると、渡航していた期間の中で得られたものについて考え、次の渡航に向け準備をする。
いい感じの思考サイクルができてきている、気がする。

前へ前へと進んできた。というか、進もうともがいてきた。
でも休むことも大事だとわかった。
生き方も難しい。
外発的動機づけによりもたらされる行動も、安定しないものが多い。
動かない原因は何か。
課題を探す。
環境か。見えない未来か。興味か。
もたもたしている暇はない。
1年はあっという間に過ぎていく。
休学する前はある程度やることが決まっていたはずだけれど、いざ休みはじめるとわからなくなっていく。
叶えたいこと、実現したい世界観はなにか。
もし見つかったとしてもなお、問いかけ続けていくことが必要そうだ。

心がだんだんとすり減っていくのがわかる。
少しのことでもモヤモヤしだしたり、そういうもんだと諦めてしまったり、決めつけてしまったり。

まだ胸に刺さる言葉の通り、私は「すごい」という言葉を求めているだけなのかもしれない。
このままだとずっと、カンボジアでも日本でも、どこで生きても変わらない。
人間としての価値は何で測られるか。
きっとそれはどこに何年間住んだとかではなく、何をやり遂げたかだから。
それで考えれば、今のところ私は何を生み出せたわけでもない。
早いかもしれないけど、はやる気持ちが抑えられない。

でも、焦ったとしてもどうしようもないことが分かった。
焦りの原因は、現状整理がうまくできていないということ。
現在地を言葉にできていないこと。
今何が必要なのかよくわかっていないこと。
「知らない」が「こわい」を生み、焦りを生む。
この期間はまず現状を整理したうえで、夢への向き合い方、必要なこと、今から取り組むこと、これから必要なことについて整理して、行動しやすい基盤を創ることから始めます。

「君はきっと、不幸なままだね」
初めて会った人に、そんな言葉を言われたことがある。思わず笑ってしまった。「おいおい、初対面だぞ?」と。
でも、なんとなくその言葉が、的を射ている気もしていた。
完璧主義で、満足できない性格。
たぶん、いつも「今ここにある幸せ」を見逃してしまうタイプだ。
でも、現状に満足できないからこそ、足を止めずに動いている気もする。

そんな私が今、なぜ「表現」を軸に活動しているのか。
どうして海外でアートワークショップをしているのか。
どうして作品を創り続ける領域にいたいのか。
どうして人と関わり続けるのか。
その背景を、少しずつこの期間でひもといていきたい。

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鹿島大貴 decky 「あと一歩」深掘るための余白に使わせてもらいます。

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