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「面白い」がつらいとき②

前回のエピソードを書いてから、もう一つつらかった時を思い出した。

前職(あえてどこの職場かは伏せるが)でのことである。そこにはOさんという派遣社員の方がいた。Oさんはメガネの位置が異常に低く、鼻の付け根ではなく、もはや鼻先で辛うじて止まっているような状態であった。いつずり落ちてもおかしくない、その絶妙なバランスが個人的に気になっていた。

ある日の休憩中、別の社員が私に話しかけてきた。
「Oさんのメガネのかけ方って永谷園だよね」
「ほんとですね」
なんて言いながら私たちはひとしきり大笑いし、その話題はそこで完結した。

その日の仕事が終わり、帰り道。一人、電車に揺られながら、ぼんやりと窓の外を眺めていたときである。唐突に私の頭の中にある正解が降りてきた。
「永谷園じゃなくて桃屋だ」
それに気づいた瞬間、またまた猛烈な笑いの波が押し寄せてきた。永谷園と表現した同僚の絶妙な間違いと、それを一切疑わず全肯定して笑っていた自分のマヌケさ。さらには、間違っているのになぜか完璧に会話が成立していたという事実。これらがパズルのピースのようにはまった瞬間、私は一人、満員に近い電車の中で苦しむことになってしまった。

前回の大学の教室は「隣に同志がいる」という状況だったが、今回は完全に一人である。同じ空間にはいないが、このことをいち早く共有したいと思い、同僚にメールを送った。
「永谷園ではなく桃屋です」
その後も必死に別のことを考えようとすればするほど、Oさんのあの低いメガネの位置が浮かび上がってくる。電車の中で一人で笑いをこらえるという行為は、あの静まり返った英語の授業中に匹敵する、あるいはそれ以上に孤独でつらい戦いであった。

結局、自宅最寄り駅に着くまでの数十分間、私はひたすら口の奥を噛み締め、呼吸を整えることに全神経を注いだ。

人生において本当に面白い瞬間というのは、ちょっとした勘違いから生まれることもあるようである。あの時、もし同僚が最初から桃屋と言っていたら、ここまで苦しむことはなかっただろう。

私の人生のつらいほど面白い記憶に、また一つ、情報が追加された瞬間だった。

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