エクレア食べたい #アマノ文筆クラブ
約1000字・ショートコント
「ん、よく聞こえなかった。もう1回言ってみて。うん。うん。『君の、エクレアが、食べたい』。合ってる? あ、そう」
いや、待て。待て待て待て。落ち着け。これは職場だ。昼休みが終わったばかりの、この静かなオフィスで、いつもニコニコしていて仕事はできるけど、ちょっと天然っぽいところが可愛い同期の女性が、彼氏でもない僕にそんなことを言う?
君のエクレア……。
「エクレアって、あれだよね。長くて、黒くて、固くて……え、柔らかい? そうだね。柔らかい時もあるよね。でも、『君の膵臓を食べたい』みたいに言われても困っちゃうんだよね。あの話ってさ、『君の爪の垢を煎じて飲みたい』的な、相手に対するリスペクトがあったわけじゃない。今の君には僕へのリスペクトはこれっぽっちもないよね。むしろ、ハンターみたいな獲物を狩る瞳をしてるよね。違う? 違わない。あ、そう。やっぱり。でも、いきなりそんなこと言われても、こっちにも心の準備ってものが必要だからさ。いや、ダメって言ってるわけじゃないんだけど。優しく食べてくれるなら、こっちも大歓迎というか、まあ、食べられるのもやぶさかではないというか。でもさ、よく考えてみて。一方的に僕のエクレアが食べたいっていうのは、不公平じゃないかな。君が僕のエクレアを食べたいなら、僕は君のマシュマロを食べる権利があるはずだ。だってそうだろ。『撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ』って、コードギアスのルルーシュも言ってるし。え、知らない? あ、そう。マシュマロは持ってない? いや、そんなことはないんじゃないかな」
うわあああああああ! 思考停止だ! 今、絶対に顔が真っ赤になってる。冷や汗が背中を伝ってるのがわかる。そんなにキラキラと期待に満ちた瞳で僕を見ないでくれ。
「え、ごめん、何? 『私、実は透視能力があるの』って言った? 透視能力!? まさか、見たのか。僕のエクレアを!? なんてこった。僕のエクレアを君に見られていたなんて」
もう、こうなったら諦めるしかない。
「わかったよ。僕のエクレアを食べていいよ。え、何してるって、だからズボンを……。そうじゃない? デスクの上に置いてあるエクレア? あれ? ケーキの箱が置いてある。さっき席を外している時に課長が置いていった? 得意先から貰ったお土産? よく中身がわかったね……って、箱にアルファベットでエクレアって書いてあるよ。透視能力でもなんでもないじゃないか。ああ、そうなんだ。ああ、よかったぁ。ホントよかった。うん。食べていいよ。僕はてっきり……。てっきり……。いや、なんでもない。全然、残念とか、そんな顔してないよ。ちっとも。ただ、なんと言うか、君がテレパシーで僕の心を読まないでくれて、ホッとしてるだけだよ」

