計算と衝動の間 #あなた旅ショートストーリー
約1100字・ショートショート
旅の目的地、つくば山は、私が住む世界の中心であり、最も不思議な場所だった。
つくば山の男体山が「理性」、女体山が「感性」という、相反する二つの力を同時に放っているからだ。
この世界では、人々が男体山側に近づくと、誰もが理性的になり、正確な計算能力と論理的な思考力を手に入れる。逆に、女体山側に近づくと、誰もが感情的になり、芸術的な創造力と共感力を高める。
そして、その山頂は、二つの力が完全に均衡する「無意識の均衡点」と呼ばれていた。
私は長年勤めていた役所の仕事に疲れ果て、自分の人生をリセットするために、この山頂を目指していた。
普通に生きることに疲れた私にとって、山頂で得られるという「完全な均衡」が、唯一の希望だった。
山頂への道のりは、まさに苦行だった。
男体山側から登る私は、道中、自己の感情を抑え込み、歩くペースや休憩時間を完璧に計算した。
その結果、私は誰よりも速く、効率的に山を登ったが、同時に、孤独で無味乾燥な気持ちになった。
山頂付近で、私は女体山側から登ってきた一人の女性とすれ違った。
彼女の顔は涙で濡れていたが、その瞳は喜びの光を放ち、周囲の植物や岩に優しく話しかけているようだった。
そして、ついに山頂に到達した。
そこは驚くほど静かで、何の変哲もない広場だった。
しかし、その空気に触れた瞬間、私の意識は変わった。
私の頭の中の、完璧な数字と論理の羅列が、美しい色彩と感情の波に溶け合うのを感じた。
理性と感性、計算と衝動が、初めて互いを認め合ったのだ。
私は座り込み、ただただ、遠くに見える地平線を眺めた。
麓の村に戻った私は、仕事を辞め、小さな工房を開いた。
役所で培った計算能力で精密な木工細工を作りながら、女体山側で得た感性で、それらに物語性のある彫刻を施すようになった。
私の作品は、たちまち人々の間で評判となった。
私は今、自分らしく生きている。
困っていることがあるとすれば、例えば夕食のメニューを決める時だ。
頭の中で、まず男体山(理性)が立ち上がる。
「今日は体力回復のためにタンパク質を摂取すべきだ。コストパフォーマンスと調理時間を考慮すると、鶏胸肉の煮付けが最適解だ」
その完璧な結論が出た直後、女体山(感性)が猛烈な勢いで噴火する。
「今夜は刺激と香りを欲しているわ。脳の創造性を高めるには、複雑なスパイスの混ざったカレーでなければダメ」
二つの意見は、山頂でのあの完全なる均衡点を再現するように、一歩も譲らず拮抗する。
どちらも正論だという結論に至り、どちらかを選ぶことができない私は台所の棚からインスタントラーメンを取り出すのだ。
私は今、自分らしく生きている。

