思い出転送サービス #風まかせ文芸部
約700字・ショートショート
思い出転送サービス。それは、アルツハイマーなどの健忘症になった際に、失われた過去を事前に取得しておいた本人のバックアップデータによって修復する、画期的な医療技術だ。
しかし、私の彼は事故にあう前にバックアップを取っていなかった。
バイク事故の後、彼には私と過ごした大切な三年間の濃密な記憶が抜け落ちていた。
「私の記憶をあなたにあげたい」
私は非合法の裏稼業のサービスに頼った。
私の脳内にある、タカシとの記憶――彼の優しさ、力強い笑い声、逞しい腕の筋肉、何より私がどれだけ彼のことを愛していたか。
その思い出のデータを、バックアップの代わりに彼の脳へコピーするのだ。
薄暗いクリニックの施術室で、私は彼の額に貼られた電極を見つめた。転送ボタンを押した瞬間、指先に重く冷たい感触があった。
これでタカシは私のことを思い出してくれる。
施術は成功した。タカシは目を覚まし、数日後には完全に日常生活に戻った。
そして、彼は以前よりも、どこか艶やかで、自信に満ちた光を瞳に宿していた。
彼は私の手を取った。
「ナオ、僕は理解したよ」
「何を?」
「どうして君が僕を好きになったのかを」
彼が優しく微笑む。
たとえ非合法でもいい。私だけに見せてくれる彼のこの笑顔があるなら、他に何もいらない。
「当たり前でしょ。私、あなたが好きよ」
彼は私の髪を優しく撫でて、満面の笑みで答えた。
「僕もだよ」
嬉しくて胸が震えた。
「僕も、僕が大好き」
彼の視線は私ではなく、後ろの鏡に向いていた。そこに写る自分の姿を愛おしそうに眺めながら、続けた。
「ナオの気持ちが、痛いほどよくわかる。こんなにも完璧でステキな僕を、好きにならないわけがないよ」
そうして彼は私をポイッと投げ捨て、鏡に映る自分にキスをした。

