たそがれ列車 #3つのお題に空想のひらめきを
約1300字・ショートショート
俺が乗っているのは「たそがれ列車」。
黄昏時だけに運行するこの列車は、無料で乗れる代わりに、乗客が諦めた夢の残骸を運賃として徴収する。
不要な重荷を捨てて、身軽になるための秘密の列車だ。
俺は今日、「変身ヒーローになる夢」を捨てる。窓ガラスに映る自分は、三十三歳の中学校国語教師。熱意はあるが、くたびれたスーツ姿だ。今さら、生徒たちの前で変身ベルトを巻いて「シャキーン!」とポーズを決める夢は、あまりにも無理がありすぎた。
終着駅に滑り込み、停車を知らせる軋む音が車内に響く。立ち上がり、改札口へと向かう。
その瞬間、手のひらから蛍のように淡く、青白い光の粒がスーッと抜け出した。
それは、幼い頃から肌身離さず持っていた、夢の重さそのもの。光は慣性の法則に逆らうかのように浮遊し、改札横に置かれたガラス製の運賃箱へと吸い込まれていった。
夢を失った手のひらは、少しだけ、ひんやりとしていた。
体がフワリと軽くなる。俺の中には、「国語教師として、かつての文豪が書いた物語を未来に伝える」という、現実的な夢だけが残った。
車掌室を覗きこむと、制帽を被った老紳士の車掌が、乗客から回収したばかりの色とりどりの光の粒を、小さなガラスの容器にサラサラと移し替えていた。まるで、宝物を扱うような手つきだ。
「何をされているんですか?」
俺は尋ねた。車掌は穏やかに笑い、手元の容器を掲げた。
「これはね、お客様が捨てた『エネルギー』ですよ。不要な夢は、列車を動かす動力になるだけでなく、誰かの新しい夢の素材としてリサイクルされるんです」
「俺が捨てた変身ヒーローの夢も、ですか」
「ええ。特にヒーローの夢は、諦めきれなかった強い想いが詰まっていますから、クリエイターたちのひらめきの燃料になることが多いんです」
なるほど。「捨てる夢あれば拾う夢あり」か。俺の夢の残骸が、誰かの新しい創造の燃料になるなら、それでいい。
改札を出て、駅の階段を降りていく。もう、後ろは振り返らない。
その頃。遠い街の、古いアパートの一室。
一人の特撮脚本家が、締め切りを目前に控えて唸っていた。頭の中は空っぽだ。疲労でグッタリしながら、男はインスタントコーヒーを口に運んだ。
そのとき、男の部屋の窓をすり抜け、燃えるような真紅の光の粒が、チカチカと舞い込んできた。
それは、たそがれ列車に支払われた「変身ヒーローになる夢」の、最も熱い残骸だった。
光の粒が胸に入り込んだ瞬間、脚本家は、まるで感電したかのようにハッと顔を上げた。胸の奥が、熱いエネルギーで満たされる。
「そうだ! 新しいヒーローは、文学だ!」
男の捨てた夢は、次の瞬間、子供たちに勇気を届けるための新しい物語のひらめきとなった。
彼は勢いよく立ち上がり、ペンを走らせる。
「ベルトに文庫本をセットし、文豪の小説をエネルギー源に戦うんだ!『夏目漱石アームズ・吾輩は猫である!』と叫ぶと猫に変身。『芥川龍之介アームズ・蜘蛛の糸』で敵を拘束。これだ!」
その設定が、ターゲット層である子供たちに受け入れられるかどうかは、ひとまず棚に上げられた。

