恋する女は嫌いだ
約1600字・ラブストーリー
「俺は、恋する女ってやつが、昔からどうしても嫌いなんだ」
仕事終わりの居酒屋。俺は冷たいジョッキのビールをいっきに飲み干し、ぷはっと熱い息を吐き出した。
俺は弁護士だ。それも、ずるい大人たちのウソを暴き、泥臭いトラブルを解決する側の人間だ。
自分の仕事にプライドを持っているし、勝つためなら多少の無理だってする。感情なんて、仕事の邪魔になるだけだ。
そんな俺のチームに、最近、新人の宮下がやってきた。
お世辞にも要領がいいとは言えなかった。書類の書き方はミスばかり、現場に行けばトコトン依頼人の話を聴き込もうとする。
それでも「大丈夫です!」と、大きな目をきらきらと輝かせて笑う。その姿は、見ていて妙にイライラするし、じれったかった
「何が嫌いかって、あいつらは恋をすると、すぐに仕事がおろそかになる。目の前の仕事より自分の恋心。そんなやつ、足手まといなんだよ」
同僚の弁護士が苦笑して、冷えた枝豆をつまんだ。
「お前さ、それ、ただの偏見。それとも、宮下さんが一生懸命なのが、そんなに気に入らないわけ?」
「……気に入る、気に入らないの話じゃない」
俺は言葉を濁して、黙り込んだ。
その沈黙は、ただのイライラではなかった。
彼女の泥まみれの靴を思い出すたび、自分がいつの間にか失くしてしまった「何か」を突きつけられるような気がするのだ。
――ある日の夕方。激しい夕立が、オフィスの窓を叩いていた。
室内には、雨の湿気と古い書類のにおいが満ちている。
宮下はまだデスクに残って、山のような資料と格闘していた。
「宮下」
声をかけると、彼女はびくっと肩を揺らし、慌てて背筋を伸ばした。
「は、はい。高杉先輩、何か……?」
「……まだやってんのか。そんなやり方じゃ、いつまで経っても終わらないぞ」
「私、未熟ですから。高杉先輩みたいに、すごいプロにはすぐになれません。でも、足を引っ張りたくないんです。……私、この仕事が、好きだから」
窓の外の雨の音が、妙に大きく聞こえる。
彼女の手元を見ると、小さな指先が白くなるほど、ぎゅっと書類を握りしめていた。
その手のひらの熱が、こちらまで伝わってきそうな気がして、俺は思わず一歩、後ろに下がった。
(なんだ、これは)
恋する女は嫌いだ。仕事をおろそかにするから。
だけど、目の前の彼女はどうだ。彼女が恋しているのは、男じゃない。この、泥臭くて、理不尽で、だけど、誰かの未来を守るための「弁護士の仕事」そのものに、彼女はまっすぐに恋をしていた。
「……勝ち方を教えてやる」
「え?」
宮下が驚いたように顔を上げた。その大きな目に、じわ、と涙が浮かぶ。
「一回しかやらないから、よく見てろ。いいか、まず……」
俺は、彼女の隣に腰を下ろした。
机の下で、お互いのスーツの裾がかすかに擦れ合う。普段なら、絶対に他人を入れない距離。
「高杉先輩」
「うるさい、よく見てろ」
冷たい雨の音の中で、二人の息の音が小さく重なる。
彼女の髪から、雨の、どこか懐かしい石鹸のにおいがした。
恋する女は嫌いだ。
だけど、この、不器用すぎるくらい真っ直ぐな、仕事への初恋になら。
少しの間くらい、一緒に戦ってやってもいいか。

