自動塩梅機 #風まかせ文芸部
約800字・ショートショート
私の愛用する「自動塩梅機」は、いつでも料理の味付けが「いい塩梅」になる。というものではなく、私の感情を自動で「いい塩梅」に調整してくれる機械だ。
上司に罵倒されて凹んだメンタルを少しでも和らげられるなら、と藁にもすがる思いで購入してみたら、これが大当たりだった。
塩梅のレバーを最高値である「MAX」に合わせてから、私の生活はまるで静かな水面のように波一つなくなった。
心臓がトクトクと脈打つ音さえ、まるで精密機械の作動音のように、静かで一定のリズムを刻んでいる。
どんな不幸なことがあっても、機械は自動で私の脳内の化学物質を調整し、すぐに平穏な気持ちにしてくれる。
交通事故に遭った時も、彼氏に振られた時も、私の心はススッと穏やかな状態に戻った。
昨日、彼氏よりも大切なハムスターのミミが死んでしまった。
それなのに、少しも涙が出なかった。
涙腺は乾ききった砂漠のようだ。ミミの、小さな魂が抜けたばかりの柔らかい毛皮の塊をポカンと見つめているだけだった。
「ああ、そういうものか」と、まるで映画の結末を見届けたかのように淡々と。
このままでいいんだろうか、と初めて違和感を覚えた。
私はメンタルにダメージを受けない代わりに、大切な何かを失ってしまっているのではないか。
私は自動塩梅機のレバーを下げようとした。
だが、レバーはピクリとも動かない。
ブーという低い警告音を出して、モニターにメッセージが表示された。
警告:設定されたレベルを維持するため、現在の行動は論理的に不適切です。
私は悟った。
自動塩梅機にとっての「最高の塩梅」とは、常に揺るがない平穏、すなわち感情の波そのものの消滅だ。
そして、最高の状態を維持するため、この機械は「感情を取り戻そうとする行動」を論理的に排除したのだ。
胸の奥で何かがカラカラと音を立てるのを聞いた。
私は最高の塩梅の中で、どうしようもない空っぽを味わっていた。
「ああ、そういうものか」

