投げやりな恋 #アマノ文筆クラブ
約800字・ショートショート
紗季には自分の心に溜まった感情を、物理的な投げ槍にして他者にぶつけるという特殊能力があった。
怒りは鉛のように黒くて重い槍となり(思いやりはどこにもない)、悲しみは凍えるほど冷たい青い槍となって彼女の手から放たれる。
初めてその能力を見たときは、あまりにも驚いてしまいピクリとも反応できなかった。
紗季がブチギレて怒りの槍を投じた瞬間、それは僕の肩をかすめ、背後の壁に深い傷を残した。
その時から緊張感に満ちた日々が始まった。
僕が紗季のそばにいる理由はただ一つ。
槍をキャッチする達人だからだ。
僕の家庭では両親が日常茶飯事に槍を投げあっていた。
そういう家庭だった。
槍を避けるか、受け止めるか。
それしかなかった毎日の中で体に染みついた生存本能だった。
テレビを見ながらも、背後から迫る槍を鼓膜の振動だけで把握し、視線を向けずにキャッチする。
その一連の動作は、もはや呼吸と同じレベルまで到達していた。
ある夜、紗季は静かに泣いていた。
そして、これまで一度も見たことのない黄金色に輝く一本の長い槍を僕に向けて放った。
その熱を帯びた先端が向かう先に僕の心臓があることを察知し、すぐさまキャッチの態勢に入る。
ガシッ!!!
素早く両腕を動かし槍を掴んだ。
先端が薄いシャツを貫いて止まった。
あと一瞬、手を伸ばすのが遅れていたら、槍は僕の心臓を貫いていた。
ホッとため息をついた時、黄金色の槍から彼女の狂おしい感情が僕に流れてきた。
紗季は顔を上げ、泣きはらした瞳で僕を見た。
「あなただけなの」
それは彼女なりの愛の告白だった。
ああ、そうだ。
紗季のそばにいる理由がもう一つあった。
僕は真っ直ぐに感情をぶつけてくる彼女のことを、いつの間にか好きになっていたんだ。

