猫にこんばんは #アマノ文筆クラブ
約1100字・ショートショート
亡くなった親戚から引き取った猫、ココは黒いレザーの首輪をつけていた。
そこには埋め込まれたデジタルカウンターが常に薄い青白い光を放っている。
私は最初、それを未来的なお洒落ガジェットだと思っていた。
「ココ、格好いいね」
と笑いかけても、ココは素知らぬふりだ。
しかし、私が出会った時は「126」あったカウンターの数字は、2ヶ月経つ頃には「5」まで減っていた。
「ココ、これ故障じゃない?」
私の独り言など気にせず、ココは庭先で喉をゴロゴロと鳴らし、日向の匂いに包まれて眠っている。
夕暮れ。近所の小学生が、弾けるような声で庭先にいるココに呼びかけた。
「猫ちゃん、こんばんは!」
その瞬間、首輪の青白い光が一瞬チカッと強くまたたき、ごく微かな「ピコッ」という電子音と共に、数字は「4」へと減った。
まるで、誰かの温かい言葉と引き換えに、ココの命が消費されたかのように。
背筋にゾクリと冷たいものが這い上がる。
急いで検索した記事は、その悪夢のような予感を裏付けた。
この首輪のカウンターは、猫が挨拶されるたびに減少し、ゼロになった瞬間、猫は光となって消えてしまう、と。
私はココを強く抱き上げた。
カウンターは残り「4」。
その日から、挨拶を徹底的に封印すると決めた。
その日、ココはいつもより静かに、私の足元を影のようについて回った。
いつもの夕暮れ。近所の小学生が「猫ちゃん」と口を開きかけた瞬間、私は大声で叫んだ。
「挨拶禁止っ!」
小学生ばびっくりして走り去った。
ココは不思議そうな顔で、尻尾の先を微かに揺らすだけだった。
夜。満月が窓の外で、静かに空気を凍らせていた。
ココは私の布団の、胸のすぐ横に潜り込んできた。毛皮の温もりは確かにそこにあるのに、ゴロゴロという喉の音は、いつになく寂しさを伝えてきた。
その時、私は悟った。
挨拶をしないことで、カウンターの数字は守れた。確かにココは今日一日、生き延びた。
だが、それは本当に生きたと言えるのだろうか?
誰の心にも残らず、誰の愛も受け取らず、ただ数字が減らないことを祈るだけの命。
まるで、光の当たらない地下室で、時が止まるのを待つ人形のように。
私は、ココの重みを確かめるように抱き上げ、青白く光るカウンターから目を逸らした。
そして、その小さな耳元に囁いた。
「ココ……」
私は深く息を吸い込んだ。
言葉は、もはや数字を減らすための道具ではない。それは愛する者へ贈る命の交換だ。
「ココ、こんばんは」
ピコッ
カウンターは「3」に変わった。
その瞬間、ココは満足そうに、私の頬をツンと鼻で触れた。その鼻先は、外の日向の匂いがした。
残り3回。
私はそれをいつ使うか、静かに考え続けた。
この命の使い道を、ココ自身に選ばせてやりたかった。

