大津の夜景に魅せられ、四国・淡路を制圧した2025年回顧録
琵琶湖の「静」と街道の「動」
旅とは、予期せぬ裏切りと想像を超える再発見の連続である。 2025年、私は二度にわたる大きな遠征を通じて、日本の西側に深く足跡を刻んだ。雨の琵琶湖、金箔の京都、そして年末の四国爆走。その軌跡をここに総括する。
1. 【8月:序章】大津という伏兵と雨の京都
2025年8月。私は軽い気持ちで滋賀へ向かった。「どうせ琵琶湖以外は田舎だろう」という偏見を抱いて。 だが、その予想は見事に打ち砕かれた。
大津駅前の衝撃: 雨に煙る大津駅に降り立った瞬間、目に飛び込んできたのは洗練されたビル群と、関西の活気が混ざり合う「都会」の景色だった。京都や大阪の経済圏とリンクし、数年後にはさらに化けるであろうそのポテンシャル。個人店で味わった極上の寿司と、大津駅前「快活クラブ」での一夜。私はこの街に、再訪を誓わずにはいられなかった。
京都の静寂: 翌日は京都へ。金閣寺・銀閣寺を巡り、曇天の下で鈍く光る金閣をカメラに収めた。配布されていた金箔入りの抹茶を啜り、賽銭箱に願いを託す。雨が降ろうと、この地の伝統は揺るぎない。
2. 【12月:本章】東京〜四国、不眠不休の1200km超
12月26日。私は友人を乗せ、再び西を目指した。12月31日の誕生日を自宅で迎えるための、タイムリミット付きの強行軍だ。
東京→三重、驚異の下道突破: 節約と己の限界への挑戦。一晩で東京から三重まで「下道のみ」で到達するという離れ業をやってのけた。そこから高速を繋ぎ、淡路島へ。ヤシの木が並ぶリゾートの景色に癒やされたのも束の間、鳴門大橋を渡り徳島へ入る頃には夕方で、車内には疲労が色濃く漂っていた。
松山の誇り、ネットの絆: 愛媛・松山での快活クラブ泊。4時間という短い睡眠時間、周囲の騒音。過酷な環境だが、私は覚醒していた。翌朝、歴史の重みを感じさせる松山城を観光し、その勇姿をネットの友人に報告する。かつて彼(ネッ友の1人)が通ったという中学校へ「凸」し、写真を撮るという撮れ高も確保した。友人(リア友)との旅の都合上、直接会うことは叶わなかったが、デジタルとリアルが交差するこの瞬間こそが旅の醍醐味だ。
3. 【帰路:狂気】兵庫の咆哮と、大津での再会
香川から瀬戸大橋を渡り、いよいよ帰路。2日以上の運転で身体は限界を超えていたが、楽しみはここからだった。
兵庫の聖域: 岡山、兵庫を抜ける道中。かつて紹介した丹南第一・第二トンネルへ。120km/hで響き渡るあの高音を再び全身に浴びる。疲弊した脳が、あの鋭い反響音で再び再起動(リブート)されるのを感じた。それに、岡山と兵庫の県境(高速道路上)には、街道レーサー集団が爆音を鳴らして前を走行しており、車のバックミラーには「晴れの国岡山」と表記されていた。彼らの詳細は以下の記事を閲覧してほしい。
■街道レーサー「晴れの国岡山」にフォーカスした記事
■丹南第一・第二トンネル走行にフォーカスした記事
大津、デジャヴの夜: そして約束の地、大津駅へ。8月と同じ快活クラブ。受付には、あの時と同じ「メガネの店員」がいた。彼が私を覚えているかは重要ではない。私が彼を、そしてこの街を覚えていることが、この旅を完結させる鍵だった。
4. 考察:琵琶湖のツンデレと旅の総括
二度(2025年8月・2025年12月)の訪問。しかし、琵琶湖だけはどちらも「曇り」だった。 友人とは「琵琶湖の環境上、常に雲が発生しやすいのではないか」と真剣に考察し合った。だが、それでいい。12月の大晦日、自宅で誕生日を迎えながら振り返ったのは完璧な景色ではなく、そんな「思い通りにいかない面白さ」だった。
淡路のリゾート感、松山城の威風、兵庫のトンネルの咆哮、そして大津の都会的な夜。 2025年の旅は、私の走行距離の記録を塗り替えるだけでなく、「またあの場所へ、あの店員に会いに行こう」と思わせる、深い情愛を残してくれた。
さて、2026年。 次はどの街の、どの快活クラブで夜を明かし、どのトンネルで愛車を鳴かせようか。 私の旅路に、終わりはない。
