42歳、まだ「ウチの娘」です。
じーじ(父)の車がパンクした。
すると何故か、
「パンクしたかも〜」
と軽快に我が家へやって来た。
いや、なんでやねん。
JAF呼ぶんじゃないん?
そう思っていたら、
孫たちをライト係に任命し、
ササッとスペアタイヤに交換して、
そして満足そうに一言。
「じーじ、すごいやろ。」
孫たち
「うん。」
「なんでもできるやろ。」
孫たち
「うん。」
完全にヒーローインタビューである。
そして本人は大満足のまま、
「ありがとうね〜ほな。」
と帰って行った。
いや、何しに来たん。
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近くに住む私の両親。
60代後半。
ありがたいことに、すこぶる元気。
父は空手を習っている。
見た目的には完全に館長。
でも実際は、まだ3年ほどの新人である。
肋骨を折ろうが、
足がとんでもなく腫れようが、
手を擦りむいて血が出ようが、
大真面目に通い続ける。
気合いだけなら間違いなく
生徒ナンバーワンのおじいさん。
見ているこちらは心配になるけれど、
本人はいたって楽しそう。
「こんな歳になって、
こんな楽しい場所に出会えるなんて幸せやわ」
とニコニコしている。
そして、
誘ってくれた孫たちには、
今でも感謝しているらしい。
いい話やんか。
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そして、バーバこと私の母。
こちらも負けていない。
数年前に病気をしたものの、
友達と出かけたり、
習い事に行ったり、
相変わらず忙しい。
あっちへ行ったり、
こっちへ行ったり。
どこへ行っても、
気づけば友達ができている。
その才能、ほんまにすごい。
しかも突然、
大きなたい焼きを片手に
「ヤッホー」
と現れたりする。
自由人である。
そんな母はたまに、
「私、マイナス思考やから…」
と謎のモードに入る。
いや。
たい焼き片手にヤッホーって現れる人、
たぶんマイナス思考ちゃうねん。
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そんな2人は、
夫婦ゲンカも現役である。
「この〇〇じじいー!」
「うるさい、この〇〇ばばあー!」
と始まったかと思えば、
2分後には普通に会話している。
孫たちは毎回大爆笑。
そして一言。
「ケンカちゃうねん。会話やん。
な、じーじ?」
「ハハハ」
確かに。
言われてみればそうかもしれんな。
知らんけど。
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そして、この2人。
いまだに一人娘の私のことが気になるらしい。
「どこ行くん?」
「何時から?」
「何時に帰ってくるん?」
「誰と行くん?」
「迎えは?」
あのな。
私、42歳やねん。
子供も3人おんねん。
それでも相変わらず、
「ウチの娘ー!」
と謎にドヤる。
それを見ている旦那は、
「ほんま娘好きやなー」
と、
毎回爆笑している。
祖父母が元気だった頃は、
ここにさらに祖父母も加わっていた。
旦那の口癖は、
「ほんまこの家、つまま。大好きやな。」
だった。
そして実は、
両親も祖父母も、
旦那のことも溺愛している。
ちょっと口うるさいけど、
自慢の婿らしい。
本人は、
「大丈夫やから!」
と少し困りながらも、
しっかり可愛がられている。
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そして私は今でも、
祖父母が近くで見守ってくれていると
本気で思っている。
証拠はない。
でも、そう思っている。
不思議なことに、
子供たちも同じらしい。
テストでも試合でも、
思っていたより良い結果が出た時、
「あ、おじいちゃん達やってんな。」
「上で操作したな。」
「ありがとう!」
と空に向かって話している。
私もよくやる。
都合が良すぎる考え方かもしれない。
でも、
守られていると思いながら生きるのと、
ひとりで頑張らなあかんと
思いながら生きるのとでは、
見える景色が少し違う気がする。
そんなふうに思っていると、
不思議と何でもはねのけられる気がしてくる。
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そして最近、
ひとつ気づいたことがある。
我が家、
全員自己肯定感が高い。
長女も、
次女も、
長男も。
失敗して落ち込むことはある。
でも根っこの部分では、
「まぁなんとかなるやろ」
と思っている。
なんでやろなと思っていたけれど、
この記事を書いていて気づいた。
そりゃそうや。
そんなふうに育てられてたわ。
「じーじ、なんでもできるやろ。」
と言う父。
たい焼きを持って
「ヤッホー」
と現れる母。
42歳になった娘を、
今でも全力で心配してくれる家族。
そして、
今も見守ってくれていると信じている祖父母。
そんな人たちに囲まれて育ったら、
そりゃ自己肯定感も育つ。
私は特別すごい人間ではない。
でも、
困った時は誰かが助けてくれる気がするし、
失敗してもなんとかなる気がする。
それは才能でも性格でもなく、
家族からもらった財産なんかもしれない。
じーじ、バーバ。
おじいちゃん、おばあちゃん。
ありがとう。
おかげさまで我が家は今日も、
根拠のない自信に満ちあふれています。

