枠外で生きろ!〜普通の枠から転がり落ちる子へ贈るサバイバル猫絵本〜│育児│教育│防犯│心理│本音
「普通の枠」からハジき出された、迷い子たちよ。
絶望してうつむいてる暇はないぞ。
さぁ、頭を上げるがよいぞ。
ここに、泥をすすってでも生き残る、その絶対的なサバイバル記録を遺してやろうではないか。
心して読むがよい……。

そう、この世には、そこから転がり落ちてしまう子がいるのだ。
それを、決して忘れてはならない。
これが、絶対君主たる猫『ツナ』による、生存のための観測記録である。

――吾輩(わがはい)は猫である。名はツナ。
真っ白でふわふわな毛並みを持つ、この家に君臨する至高の「仙人」である。
「下僕どもの騒々しさが、吾輩の午睡を妨げるのである」
吾輩はキャットタワーの一番高い特等席にいる。
決して、下界の喧響(けんきょう)が怖くて避難したわけではない。吾輩はいつでも万全を期して、一番安全な場所から人間たちの愚行を観測しているのである。
そこへ、街の狩り場(スーパーマーケット)から帰還した母上と、騒々しい若造・三男が戻ってきたのである。
若造が、母上に向かって不思議そうに話している声が、吾輩の耳を揺らす。
「母ちゃん、さっきね、お店でお菓子を勝手に食べてる子がいたんだ。お金をまだ払っていないのに……。
ボク、あの子に教えてあげなきゃって思ったよ」

下でこれを聞いていた新入りのルナが、吾輩を見上げて、幼い声をあげる。
「ねえ、ツナ先輩! ルナ、よくわからないの。
お腹がすいたら、目の前にあるおやつを食べる。
それって、とっても当たり前で、すてきなことじゃない?」

吾輩はヒゲをぴんと張り、その何も知らぬ態度を教えてやるのである。
「ふん、なにもわかっておらんな、ルナよ。
人間の社会には『等価交換』という、厳しいルールがある。
どんなに美味しそうなお菓子でも、『レジ』という審判の箱にお金を入れねば、食べてはならぬという厳格な掟なのだ。
三男は、世界の正しい決まりを守ろうとしたのである。」

ルナは小さな前足をあごに当てて、さらに首を傾げる。
「でもね、そのあとにその子のママが走ってきて『だめでしょう』って、お菓子を持って行っちゃったの。
この世界はね、みんなが優しく手を繋ぎ合える、美しいおまじないで包まれているんでしょ?
だから、あのママもちゃんと、お支払いに走っていったんだよね?」
吾輩は、目を細めて冷たく笑う。
「それはどうかな、ルナ。
あの親が『だめでしょう』と言ったのはね、我が家の母上と視線が交差したからにすぎん。
『私は決まりを守る、ちゃんとした親ですよ』という、嘘のお面を、慌てて顔に貼り付けただけに過ぎぬ。
内実を伴わぬ、ただの体裁という名のまやかしである。」

ルナの耳が、悲しそうにペタンと伏せられる。
「お面……? じゃあ、お面を外したあとは、お金を払うのを忘れちゃったかもしれないの?
正しい決まりを知らないままだと、あの子、いつか大きな落とし穴に落ちて傷ついちゃうよ。
誰も本当の掟を教えてくれないなら、あの子はこれから、どうやって歩けばいいの?
それはとっても、かわいそうだなぁ……」

そこへ、お話を終えた母上がこちらへ歩み寄り、吾輩の大きな体を無造作に抱き上げた。
本来ならば、えらい吾輩を急に抱っこするなど許されん不敬。
しかし吾輩は、抱擁の瞬間に、完全に骨のないぬいぐるみのように力を抜いて、身を預けてやるのだ。
決して甘えているのではない。
人間の母上に、仙人の広大無辺なる慈悲を見せつけてやっているのだ。
そのとき、母上の足元が、お疲れゆえか少しフラついた。
(やれやれ。
実におぼつかない足取りである。
やはり吾輩という絶対的支柱がついていてやらねば、この群れは形を保てぬ。)
吾輩はさりげなく母上の首元にふさふさの体を寄り添わせ、その温もりを支えてやりながら、まっすぐにルナを見据えて告げた。

「ルナよ、世界がどれほど嘘にまみれていようと、己の胸に宿る小さな違和感を、決して見逃してはならぬ。
おかしいと思ったら、喉を震わせて世界に問いかけるのだ。
黙って飲み込んだ言葉は、いずれ己の内側を腐らせる毒となる。
誰でもよい、まずは声に出してぶつけてみることで、初めて『ここから先は譲れない』という己の境界線がくっきりと浮かび上がるのだ。
母上は今、規律を守り、ちゃんと言葉にできた三男を、偉かったねと誇らしげに褒めようとしている。
外の世界がどれほど不条理でも、まずは我が群れの正しさを、信じればよいのである。

その時、遠くの配膳場から、給仕係(父ちゃん)が吾輩の機嫌を伺うように、至高の供物(マグロの缶詰)を開ける、パチンという音が響き渡った。
「……むうッ!? 講義は、その、緊急一時中断である!」

吾輩は母上の腕から、しなやかに着地した。
先ほどまでの仙人のごとき威厳はどこへやら、喉の奥からゴロゴロという嬉しそうな音が止まらない。
いかん、えらい猫のプライドが崩壊する、だが止められぬ!
吾輩のお腹が、あの美味しい匂いに向かって叫んでいるのである!
「下僕め、吾輩への貢ぎ物を待たせるとは生意気な。
供え物が美味しいうちに平らげることこそ、全宇宙の絶対ルールなればな!
今すぐ直々に検収してやるのだ!
理屈や体裁で腹は膨らまぬ。
生き残るということは、こういうことである!」
ルナは、さっきまで高貴なぬいぐるみのようだった先輩が、一転して、食いしん坊な一歳児のように尻尾をピンと立ててドタドタと走っていく姿を、ただ呆然と見送るのだった。
(おわり)

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