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無力だった私が、「手を差し伸べる側」になるまでの話

あの日、泣きながら靴を洗っていた背中は、
私の人生の原点だった。

人は、ある出来事をきっかけにその後の人生の歩き方を決めてしまうことがある。
私にとって、それは小学生の
頃の、ある夕方の記憶だった。

あの頃ー。
私は無力な小学生だった。
どうにもできない状況にただ、涙を流すしかなかった。


私が住んでいた家の近くに
従兄弟の家があった。
従兄弟のお兄ちゃんは私より
2歳年上だった。

私とお兄ちゃんは父親がギャンブル依存。
そしてお互い裕福ではない
家庭同士。
違う点はお兄ちゃんの家は
シンパパ家庭だったことだけ。

父親同士が兄弟ということも
あり、ギャンブルへ連れ立っていく時には我が家でお泊りするお兄ちゃん。
昔から兄が欲しかった私は、
いつもお兄ちゃんに
付きまとっていた。


夕方になると一気に冷え込む
季節になった頃。

その日もいつものように
お兄ちゃんの家に行った私は、玄関ドアの前に立った際に
いつもと違う雰囲気を
感じ取った。

恐る恐るドアを開け
「お兄ちゃん…遊ぼうよ?」
と声をかける。

シン…と静まり返る部屋からはいつものお兄ちゃんの
「嫌だよ。
自分の友達と遊びな。」
と言う声がしない。

私は「おじゃましま〜す」と
小声で呟き、部屋へと
踏み込む。

窓からは少し傾いた太陽の
淡い光が差す中、
覗いた部屋には誰もいない。

一気に不安になり、
跳ねる心臓とともに
お兄ちゃんを探していると…。

いた!

お兄ちゃんは風呂場で自分の靴を洗っていた。
押し寄せる安堵感。
「お兄ちゃ…ん?」

お兄ちゃんは
静かに泣いていた。
背中を震わせながら、
歯を食いしばりただひたすらに靴を洗っていた。

カタッ。
よろけた拍子に何かに
当たった。

「〇〇(私の名前)か?
ごめんな〜。
今日は遊べないから。
これが済んだらみそ汁、
作らなきゃ。
父さんに叱られるから。」

袖口からは青黒い皮膚が
見えた。

「うん。分かった。
じゃあ帰るね」
そう言って私は駆け出した。

涙が滲んだ。
何もできない自分。
手を伸ばすことさえ
できなかった自分。
全てを忘れたくて…
逃げたかったんだ。

次の日からのお兄ちゃんは、
いつも通りの明るくて
少し皮肉屋なお兄ちゃんに
戻っていた。

私もいつものいたずら好きの私に戻った。

そしてそんなある日ー。

お兄ちゃんとその父親が
我が家に訪ねてきた。
大人の話だから…と
部屋を追い出された私と妹。

妹は1人で遊んでいたから、
私は好奇心で大人が話している部屋に忍び寄る。
そして聞き耳を立てた。


お兄ちゃんの父親がギャンブルで作った莫大な借金のせいで、これ以上子どもを育てることができない。
自分が子どもを育てられる状況になるまで、この子の面倒を
見てほしい。

そんな内容だった。

ドアの隙間から覗いた私は、
頑なに俯いたまま
拳を握りしめているお兄ちゃんを見た。

私の母は即座に断った。
一瞬の沈黙の後、
静かに家を出ていく
お兄ちゃん親子。

私はその場から動けなかった。後ろでは父と母が激しい喧嘩をしていた。
妹は息を殺して
気配を消している。

部屋から出てきた母を
私は責めた。
「どうして?
私は一緒に暮らしたかったのに」と。

悔しくて、情けなくて
涙がこぼれ落ちる。
あの日の光景が脳裏を過ぎる。


それからしばらくした後、
お兄ちゃんは私の前から姿を
消した。

離婚した母親の元に
引き取られたそうだ。

私は安堵感とともに
『また何もできなかった』
という思いを抱えていた。


母を責めた、当時の私は
わかっていたのだ。

私の家も父がギャンブルで
作った借金があったことを。
私の家族が暮らしていく
ギリギリのお金しかなかった
ことも。
母が引き取りたくても
できなかった現状も。

そして、あの頃の私はそれしか方法を思いつかなかったのだという現実も。

私はその時強く思った。
早く大人になるんだ。

そして今度こそ、誰かが助けを求めた時には、私の手が届く
範囲なら、私は全力でその人を助けよう。
もう無力感に苛まれるのは
ごめんだ。

それが私の原点になった。


ここから先は、
あの日の出来事を抱えたまま
大人になった私が、
何度も立ち止まりながら、
それでも前に進もうとした話を書いています。

軽く読める内容では
ありません。
答えや救いを用意しているわけでもありません。

それでも、
・過去の自分を置き去りにした気がしている人
・「あの時、何もできなかった」と思い続けている人
・立ち止まっている今の自分を、否定してしまう人

そんな方には、
静かに寄り添える時間になると思っています。

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