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eiitiaoki
一文文学:潮時
残業後のオフィスで、彼は小さく笑った。
「まあ、もう潮時かもしれないな。」
机の上には、飲みかけのコーヒー。
窓の向こうには、終電前の街の灯り。
周囲は、その言葉を自然に受け止めた。
辞め時。
終わり時。
たしかに、そんな空気だった。
けれど、その言葉は本来、少し違う。
「潮時」とは、
潮の満ち引きがちょうど良い頃合いになること。
船を出すにも、網を引くにも、
最も適した“タイミング”を意味する言葉だった。
だから本当は、
終わりを諦める言葉ではない。
むしろ、
何かを始めるにも、終えるにも、
ちょうど良い瞬間が来た、という静かな合図に近い。
人は、別れの場面で言葉を使う。
そのうちに言葉も、
少しずつ別れの意味を帯びていく。
けれど辞書の中では今も、
「潮時」は、穏やかな海の気配を残したまま、そこにある
