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ネットとリアルの境界線は、もうないのかもしれない

初めまして。
この記事にたどり着いてくれてありがとうございます。

noteでは、時にエッセイ、時に物語。
私が書きたいものを気まぐれに書き殴ります。
読んでくれるあなたは、ただ気楽にのぞいてもらえれば嬉しいです。

そんな初の記事となる今回のテーマは、「ネットとリアルの世界」です。
ぜひ、最後まで読んでいただけますと幸いです。



SNSは身近な存在。


X(旧Twitter)、Instagram、TikTok、Facebookなど。
今では、世界中の老若男女が何かしらのSNSに触れているだろう。

そんな私も、Xで自分の思いを呟いたり、共感できる人の投稿にいいねしたりしているし、どこかご飯に行こうと思えば、Instagramでごはん屋さんを探したりしている。

暇だなと思えば、TikTokやYouTubeのショート動画などをただひたすらスクロールして時間を溶かしたりもしている。

改めてこうやって考えてみれば、SNSはかなり身近な存在どころか生活の一部にすらなっているだろう。

私は、今流行りの言葉で言えば、”平成1桁ガチババア”であるが、そんな私が若かりし頃のSNSは、まだここまで身近なものにはなっていなかったと思う。

そんな文明の進化に伴う時代の変化に、ふと私は、危機感を抱いた。

そういや、いつからここまでSNS(もっと広い概念で言うならネット)は、リアル世界に介入してきたのかと。


「ネットで出会った人と会うのは危険」は古いのか?


ここで、私と同じか近しい世代の人に問いたい。
(ちなみに、この記事をここまで読んでくれている人は、勝手ながらに私と世代は近しいと思っている。)

私たちが子供の頃は、「ネットで知り合った人の直接会うのは危険だ。」と大人から言われていなかったか。
友人がネットで知り合った人と付き合っているなんて言うもんなら、異質な存在だと少し煙たがっていなかったか。

私は親から、
「ネットの人と会うなんて考えられない。友達なら学校で作れ。」
こんなニュアンスのことを言われていた記憶がある。

それに正直に言おう。
私の友人にも数名、ネットの人と付き合っているなんて言う子がいたが、
内心「ちょっと変わってる子だな。」と思っていた。

直接その子にああだこうだは言うことはしなかったけれど(余談だが、クラスにはサザエさんでいう花澤さんみたいに世話を焼きたがるタイプや、超真面目な委員長タイプがいて、いろいろ助言していた。私はそれを横目に「ほっとけばいいのに」と思っていた)、まあ、兎にも角にも、そういう子とはあまり深く関わらないでおこうと思っていたのだ。

さて、あなたはどうだっただろうか?
とはいえ、今はもうそんな考えを声を大にして言えば、化石扱いされるだろう。

なんせ、この私だって、つい数日前まで普通にSNSで同じ趣味を持つ人と繋がりたいなんて思っていた。
しかも、思うだけじゃ飽き足らず、実際に会って何かをしようと企画したりもしているんだから。

そう。今やSNS経由でリアルに繋がるなんてことは当たり前だ。


これからの時代のネットとの付き合い方


だからこそ、「ネットで知り合った人と直接会うのは危険だ」という考えをいまだに持つ私は、今の子たちから見れば頭の硬い、アップデートできていない化石に映るのかもしれない。

ただ、あえて詳しくは書かないが、SNSやゲームアプリをきっかけに犯罪に巻き込まれてしまった子どもたちを何人も見てきた。
その経験から思うのは、親が言っていた「ネットの人と会うのは危険」という言葉は決して全て間違いではなかったということだ。

SNSが身近になったからといって危険がなくなったわけではない。
危険ですらも身近になり、日常に溶け込みすぎて“危険と気づかなくなる”今の方が、むしろより危うくなっている。そう思えてならない。

ここまでぐだぐだと自論を述べてきたが、結局のところ私は、
「ネットは危険」というのも「ネットは安全」というのも、
どちらも極端なんじゃないかと思う。

大事なのは、便利さの裏にある危うさを忘れず、リアルの人間関係と同じように“ちゃんと相手を見ること”なのだろう。

そう自分に言い聞かせつつ…それでも、つい今日もSNSを開いてしまう。



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