きらりのツバサ(4)
放課後。月曜日と水曜日は部活が無い。
陽が一人とぼとぼと教室を出て校門へ向かうと、何やら騒がしい。
ザワザワ…ザワザワ…
(なんだ?あの人だかり。)
校門の前に何やらやたら長い車が止まり、それをたくさんの生徒が取り囲んでいるのだ。
「すげー、マセラッティのリムジンだ!」
「かっくいー!」
「俺もこんなやつに乗れるようになるのかなー?」
なんと、マセラッティのリムジンが校門の前に乗り付けている。
超絶エリート、かつ血統的に普通に各国の王族とかがいるこのオックソフォード付属学園生には別にマセラッティのリムジンなどさほど珍しいものでも無い。
すごく遠回しで気持ち悪いやり方で、からかっているのだ。
そう。くっそくっそくっそ性格が悪い奴がくそ多い。それがオックソフォードの校風だ。
大人にはできないこと、今しか無い青春時代にいっぱいヤンチャしておこうというのは誰だって考える、子供らしい悪知恵だ。
それを英国風に発揮するとこうなる。見よ、目も口元もひん曲がってニヤニヤしているではないか。そういう奴らなのである。
驚くべきことに、学園側も暗に、これを推奨しているのだ。
こういう気持ちを下手に制限して育った超エリートガチ富裕層が大人になってこじらせると、本当に権力を持ったとたんデスゲームとか主催し出すからである。子供の内に痛い目にあっておいてほしいのだった。
ガチャリ…。リムジンのドアが開いた。
中から燕尾服の老紳士が現れ、陽をまっすぐ見つめる。
「陽様、お待ちしておりました。」
「えっ、俺?」
「陽くん、こちらへどうぞ。」
(ドキッ)
黒革張りのソファに腰掛けたきらり先輩が、ワイングラスを片手に優雅に腰掛けていた。もちろん中身はファンタであろうが…。
「き、きらり先輩のリムジンなんですね。すごい…。でも、どうして?」
「陽くんに見せたいものがあるの」
ーーーーー
走り出した車の中で陽はかしこまっていた。高級車の中でどのような体制を取ればよいか分からないのだ。
どこに足を置けば失礼に当たらないのか、手はひじ掛けに置いて良い訳がない…。そもそもこんな泥だらけの靴で乗ってしまって恥ずかしい。
…しかし、
運転席以外は、真っ黒のスモークガラスに覆われていたので、乗る前は分からなかったのだが、リムジンの中は思ったよりゴチャゴチャしていた。
プラスチックケース、青いビニールカバー、ロープ、何かの入った一斗缶。鉄パイプ。
陽は思った。
(まるで…)
「…まるで、業者さんのハイジェットバンの荷台みたい。そう思ったでしょ?」
(ギクッ!!!)
「そ、そんな事ないですよ!」
「ふふっ、気にしなくていいわ。実際、これね、部車なの。」
「ぶっ、部車?!初めて聞きました!部車!そしてマセラッティ!!!」
「ま、中古の二十年物だから、ほんとにハイジェットバンみたいなもんなのよ。だからそんなに怖ばらなくていいのよ。」
「なーんだ、そうなんですね」
口ではそう言ったが、心の中ではその生活レベルの違いに閉口していた。
(マセラッティリムジンがハイジェットバン扱いで部車って、すごすぎる。おばあちゃんの言ってたとおりだ。絶対富裕層を相手にしたほうが、セコセコ働かなくて済むぜ!)
陽は確信していた。
(身を律して、世間体を気にして…。とにかく、安全で、慎重で、決して不利益になるような事をしないように…。)
「ついたわ!陽くん」
「ここは?」
「100(ワンハンドレット)クラブよ。」
100円ショップであろうか。苦学生の陽には助かる。わざわざ100円ショップの場所を教えてくれるなんて、きらり先輩はなんて気が利いているのだろう。
ーーーーー
五分後、なせか100円ショップではパンクバンド?とか言うジャンルのコンサートが始まった。
「みんなーっ!今日は来てくれてサンキューなー?」
「ウオオオーーー!!!」
「「「 セイブ ジ アース! 」」」
「「「 セイブ ジ アース! 」」」
背の高い、全身タトゥーバリバリ美男美女が、なにやら大声で叫びながらもみくちゃになっている。
((( ドンドンドン!テロリロテロリロ!ジャッジャーン! )))
(か、かっこいい…胸が高鳴る…けど…、)
「「「 どうしたの?陽くん、踊ろ?ほら、自分の思ったままでいいの! 」」」
こなれた様子のきらり先輩が、くそデカボイスで、外国人男女と挨拶を交わしながら、体をくねらせ、ビートを刻みながら俺を誘う。
((( ドムっドムっドムっ )))
「…でも、…きらり先輩!…自分の…思った通りで…踊って良いのは…美男美女だけではっ?!」
「「「 え、何?聞こえない! 」」」
俺の正論はバスドラムの轟音にかき消された。
(あ、熱い!心が、燃える…!)
「セイブ ジ アース!」
「セイブ ジ アース!」
「セイブ ジ アース!」
たぶん有名な曲のサビに入った!大合唱に心が沸き立つ!
「さあ、陽くん!翔んで!」
「「「 ファーック! 」」」
陽は叫びながら客席に飛んだ。ダイブである。
(シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン……)
これは後から明らかになったことだが、そこは、本当に、その後デスボイスのシャウトがある為の、ちょうどタメのタイミングで、みんなが黙ってそれを待つのがお約束だったらしいのだ。俺はそれを知らなかった。初めて聞いた曲だったからだ。
(ぷーっ、くすくす…)
(ファックだって…)
(やだー)
((( テロリロテロリロテロリロテロリロ、ドレミファドレミファドレミファドレミファ、ズンドコズンドコズンドコ……… )))
その後、陽にはいかなる大音響も届か無くなった。陽の記憶は、そこで途絶えた。
ーーーーー
「陽くん、なんかゴメンね。あそこ、有名なライブハウスでね、観光名所にもなってるから、イギリスの事、もっと知ってもらいたくて…」
「………っス…」
「かっこよかったよね!あのバンド、友達の知り合いでさ、ホントは楽屋で挨拶とかできたんだよっ」
「………っス…」
「………」
陽はリムジンで下宿先まで送ってもらった。
別れ際、きらり先輩はまた謝ってきた。
「なんか、ほんとゴメンね。陽くんに、飛ぶ事の楽しさ、少しでも知ってもらいたくて、ダイブとかなら良いかなって…」
「…ッス、しゃす…」
陽はもう、すぐに布団に潜り込んで寝ることしか考えてなくて、きらり先輩の目を見れなかった。
「…」
(ギュ厶!!!)
「?!?!?!」
陽は、後ろからハグされた。
「本当に、ゴメン。飛ぶことって、飛ぶことってさ…」
(ギュムッ!!!ギュムムムムーーー!!!)
「?!?!?!?!」
「バイバイ。来たかったら、また部室、来てね。」
…………………
固まったまま動けない陽を残して、マセラッティ独特のあのエンジン音が遠ざかってゆく。
(あれ……あの、感触は…)
陽は、今さっき背中に、忘れかけていた何か大切なものを感じた。
(あれは…、きらり先輩の…………)
陽の背中についたほんの数滴のシミが、チルターン丘陵から吹き下ろす風で冷たく冷えたので、それが何か分かった。
ーーーーー
部室では、ナオミ先輩がユーチューブの社長に電話をかけていた。
「へえ、へえ…。その動画は全部、著作権に侵害しておるから削除してくれはるんですね?おおきに、ミスターユーチューブ。もちろんノーベル賞には推薦しておま。それは前から変わらへんよ。君の友情に感謝。バーイ」
「ファッキン・ジャパニーズ・ガイ、1千万再生か…。気色悪い時代やね…。ゴホッ…ゴボッ」
【続く】
