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ちいさな石

 花びらを、ひとひら。
 久しぶりの断酒会に来た山さんは、以前の堅さをなくしていた。
 二日目の酒の匂いがしていた。
 別れを告げに来たのだ、と思った。

 アルコール依存症で入院した私は、退院にあたってグループミーティングなど、何かしらの自助グループに通うように再三言われた。
 人間関係が怖くて酒が必要になったのだから、無理だと答えた。
 それでも、電車を使って通う、この断酒会に通えたのは山さんがいたからだった。
 ミーティング初日に、会場の裏の喫煙所を俯いて通り過ぎるわたしを、山さんは声もかけずに見送った。
 気が張り詰めていたから、外套のポケットのなかのタバコが指先にひどく絡んできた。
 会場に来るために降車した駅のコンビニで買ってしまったのだ。
 そっと足を止めて喫煙所の四角い、銀色の、侘びしげな長方形を振り返った。
 立っていた山さんが、ふと左に移動したのが分かった。
 顔を見ると、ぼんやりと指先の煙を目で追っている。
 わたしはその小さなスペースに呼ばれて行くと、火を貰い煙草を深く吸引した。
 「あっちもこっちも、一気じゃたまんないよな。」
山さんはヤニじみた歯をにっと剥いた。
 「はあ。」
 自己紹介で、禁酒禁煙したいです、と呟いたのだ。
 みんな優しく頷いていたが、あれは「そんなにハードルを上げるとはね。いかにも初心うぶだけど心意気は温かく見守るよ」って感じだったんだろうな。

 断酒会に通う、というくらいには、酒と向き合って来た人たちの集まりだ。
 それでも足を取られる。
 気を付けていたって、律していたって、だからこそ   
 小さな石でつまずく。
 そんなことは山さんだって分かっているはずだ。
 飲んでしまったからと言って、そう簡単に自暴自棄にはならないだろう。
 そう、思ったのだけれど、山さんの瞳の色に私は不安になった。
 だから帰り道、わたしたちは揃ってコンビニの前のガードレールに、カップ酒を持って腰掛けた。
 頭上の桜は、急な気温上昇でほとんど満開になり、時折はら、とはなびらを手放すように落とす。

「日本酒にね、桜の花びらを一枚入れて呑むでしょ。
桜味になるらしいですよ。」
「なんねーだろうな。」
「うちらにそーいう錯覚系の効果は効かないですかね。」

 揃ってコンビニの脇のドブに酒を献上した日から3カ月。
 素面しらふになった山さんが、俺も禁煙すっかなーと、喫煙所で煙の行方を追いながら言った。

まぁ、金浮きますね。
のんびりやるさ。

 初夏、ほころびだらけの二人を喫煙所の横に立つ電信柱の影が、日射しから守っている。

 何度でも、酒を手放し直せばいい。
 素面の一秒一秒を確かめ味わえばいい。
 いつか、飲むことを忘れている自分に出会い、それが力になる。

 ふつ、と浮き出した焦りのあぶくを静かにやり過ごす。
 そのこと自体が、意味に、なり得る。



お題:花びらを

参加させて頂きます
よろしくお願い致します。

#シロクマ文芸部