日記を書いていく(仮)2026年4月12日|あの日の自分からの手紙
『家にある古い品や珍しい物を、専門家が鑑定して“本当の価値”を教えてくれるバラエティ番組』をよく観ている。
はじめから見ても、途中からでも、なんなら一度見たことあるやつでも、いつ観ても面白い。素晴らしいコンテンツだ。
番組ではときどき、歴史上の人物の恋文だの、借金の無心だの、詫び状だの、「それ、私信の流出では?」と思うようなものが鑑定の俎上に乗せられることもある。大丈夫なのか。
しかもそれらは大抵、博物館や史料館などではなく、個人の所有物だったりするので、よくわからない。
まかり間違って自分の直筆の手紙が公開されると困るので、手紙など書かんぞ、という気概を持って生きている昨今だ。
そんなある日のこと。
郵便受けから取り出した封書の束の中に、宛名に義理の父の名前が書かれた手紙が入っていたので、肝を潰してしまった。
ひっくり返すと、差出人も義父の名前。
几帳面な筆跡も義父のものだった。
どういうことよ?
義父はずいぶん前に他界している。
死者から死者宛に手紙来た!今ごろ、なんで?
と混乱したが、そのからくりはすぐに解けた。
彼が住んでいた自治体の記念事業で、『10年後のあなたへの手紙』の募集に応えて書かれた手紙だったのだ。

義父が亡くなった後、義母は思いきって自宅を処分して、勢いのまま東京に転居したのだった。
かつての住所に届くはずだった郵便物は、10年経って行き場を失ったかと思いきや、無事に東京に転送されてきた。ありがとう郵便局のひと。
義父は几帳面で、髪はいつでも七三分けにしてきっちりと櫛を通し、オーデコロンも欠かさない、お洒落にも気を使うひとだった。
定年退職後は悠々自適の老後生活を送る傍ら、趣味の民謡を極めて、講師を務めるまでになっていた。
彼の葬儀の日、棺を囲んだ大勢のお弟子さん方が、「お別れに」と彼の十八番を歌ってくれた光景を憶えている。
そんなロマンスグレーおじだった義父が、10年後の自分に向けて書いた手紙。
読んでもいいの? というか、そもそもこれを義母に見せても大丈夫? めそめそするのでは?
そんな心配をしたのだけれど、夫は「渡せばいいよ〜」と、あっけらかんとしたもの。
実際、その手紙を見た義母は、顔をほころばせて言ったものだ。
「こんな分厚い手紙、お父さんらしいわ〜」
『未来』はずっと遠くの方にあって、私たちを乗せた人生のボートは海原を、ゆっくりとその方向に向かって流されている。
夜明け前の水平線の明るさが周囲を照らすけど、水面から立ちのぼるもやで遠くは見えない。
小舟の進む先がどうなっているかはわからない。
地底へと流れ落ちる大瀑布が口を開けているかもしれない。
セイレーンやクラーケンなど、海の怪物が待ち構えているかもしれない。
10年前、当時すでに胸の病を患っていた義父は、もしかするとこの手紙が届く頃には……という予感があったのだろうか。
未来へ進む船を止めることはできない。行き先を変えることもできない。
それでも未来の自分に向かって言葉を伝えたいと、彼は思い至ったのだろうか。
これまで歩んできた軌跡を振り返って、善く生きてきた自分に胸を張り、叶うならば平穏な未来に辿り着けるようにと、想いをしたためたのだと想像する。
それは祈りにも似た行為だったことだろう。
そんなことを、義母が読み上げたその手紙を聞きながら考えた。
帆のない船に乗って進む我々が、かつての自分から応援メッセージを受け取れる。
そんなサービスが他にもあるだろうか? と調べてみたら、意外と身近にあった。
ちょっとあらたまって、自分へのメッセージをしたためてみてもいいかも。
後世に残るような名文を目指して……いや、お宝鑑定に出されるのは困るから、ほどほどにしておこう(笑)
1年後の自分へ、手紙を書こう。
未来の私もきっと、小舟の上で途方に暮れてるだろうから。
